第1回実習 6月24日
第2回実習 7月 1日
第3回実習 7月 2日
第4回実習 7月 8日
第5回実習 7月 9日
第1回実習 細胞の増殖曲線と抗生物質の効果
1. 目的
3種類の大腸菌を培養器で培養し、時間ごとに吸光光度法を用いて濁度を測定することによって細胞の増殖曲線について調べる。また、この途中で抗生物質を投与し、抗生物質を投与しないものと比較することにより、細胞の生死という生命の基本現象と、抗生物質の効果、抗生物質の種類による効果の相違について考える。
2. 結果
実験1 増殖曲線と抗生物質の効果
30分ごとに測定した各試験管の濁度
試験管 |
(1)
|
(2)
|
(3)
|
(4)
|
(5)
|
(6)
|
(7)
|
(8)
|
(9)
|
0分 |
0.150
|
0.150
|
0.150
|
0.080
|
0.100
|
0.083
|
0.182
|
0.144
|
0.150
|
30分後 |
0.300
|
0.283
|
0.280
|
0.160
|
0.182
|
0.159
|
0.289
|
0.269
|
0.275
|
60 |
0.359
|
0.278
|
0.315
|
0.256
|
0.280
|
0.252
|
0.360
|
0.232
|
0.354
|
90 |
0.452
|
0.142
|
0.329
|
0.339
|
0.368
|
0.329
|
0.436
|
0.119
|
0.438
|
120 |
0.539
|
0.092
|
0.348
|
0.433
|
0.348
|
0.391
|
0.512
|
0.062
|
0.500
|
150 |
0.590
|
0.042
|
0.325
|
0.514
|
0.516
|
0.430
|
0.552
|
0.051
|
0.538
|
180 |
0.620
|
0.062
|
0.364
|
0.560
|
0.582
|
0.506
|
0.622
|
0.070
|
0.598
|
210 |
0.705
|
0.050
|
0.380
|
0.640
|
0.675
|
0.570
|
0.740
|
0.049
|
0.640
|
240 |
0.740
|
0.052
|
0.380
|
0.651
|
0.680
|
0.600
|
0.750
|
0.029
|
0.700
|
※ 1〜3はA株、4〜6はB株、7〜9はC株。
※ 抗生物質は全て30分後の吸光度を測定した後に投与。
(2,5,8にアンピシリン、3,6,9にテトラサイクリン。)
※ 180分後に各試験管の溶液を採取し、生細胞数を調べるため希釈して寒天培地にまいた。
180分後に採取した溶液の希釈、培養結果(寒天培地上のコロニー数)
試験管 |
(1)
|
(2)
|
(3)
|
(4)
|
(5)
|
(6)
|
(7)
|
(8)
|
(9)
|
10^4希釈 |
672
|
0
|
無数
|
無数
|
無数
|
828
|
1680
|
0
|
984
|
10^5希釈 |
252
|
0
|
96
|
84
|
84
|
0
|
1200
|
0
|
405
|
10^6希釈 |
19
|
0
|
28
|
18
|
10
|
0
|
19
|
0
|
39
|
生細胞数 |
1.7
|
0
|
1.88
|
1.32
|
0.92
|
0.28
|
1.79
|
0
|
2.98
|
※ 単位は生細胞数以外が(個(コロニー数)/プレート)、生細胞数は(×10^8個/1ml)。
※ 生細胞数は希釈、培養の結果をそれぞれ希釈前の数に換算、3つを平均したもの。
(ただし、他2つと比べて明らかに逸脱したデータが得られた場合はそれを除いて考えた。)
実験2 プレート法による薬剤感受性試験(+は無数に増殖=耐性、−はコロニーを形成せず=感受性)
プレートの種類
|
Lプレート
|
アンピシリン
|
テトラサイクリン
|
クロマイ
|
A株
|
+
|
−
|
−
|
−
|
B株
|
+
|
+
|
+
|
−
|
C株
|
+
|
−
|
+
|
+
|
3. 設問
(1)細菌には形質膜の外側にタンパク質、脂質の他、主に多糖類よりなる細胞壁が存在する。これが外部からの機械的刺激や浸透圧の影響を防いでいる。細胞壁の構成成分中、最も重要なのはペプチドグリカンと呼ばれるもので、グラム陽性菌、陰性菌の両方に存在するが、この合成の様々な段階を阻害する薬剤がある。そういった薬剤の中で、アンピシリンを含むペニシリン系薬剤は、その最終段階であるペプチドグリカン間の架橋形成を行う酵素(トランスペプチダーゼ)を阻害する。
阻害を受けた結果、細菌の形質膜は直接外界と接するようになる。細菌の内圧は一般に高いため、浸透圧によって内部に水が流入、細菌細胞は変形、膨張し、細胞膜が破れる(溶菌)。細胞壁はヒトの細胞には存在しないため、アンピシリンは細胞壁を有する細菌に対し選択的に作用できるが、細胞壁を持たないマイコプラズマなどには抗菌力を発揮しない。
一方テトラサイクリンは4環化合物で、リボソーム30Sサブユニットに結合、tRNAがmRNA-リボソーム複合体に結合するのを阻害して、タンパク質合成を行わせないことにより静菌的に作用する。より具体的には、ペプチド鎖伸長反応の際、リボソームのAの部位にアミノアシルtRNAが結合するのを阻害するのである。細菌のリボソームサブユニットは30Sと50Sからなるのに対し、真核細胞のリボソームサブユニットは40Sと60Sからなるため、これも真核細胞の細胞には害を与えない。また細胞壁の合成過程を阻害するわけではないため、細胞壁を持たない微生物に対しても抗菌力を発揮する。
実験2で用いたクロマイプレートに含まれている、クロラムフェニコールという抗生物質は、テトラサイクリンと同様にタンパク質合成を阻害する。ただし、テトラサイクリンがリボソーム30Sサブユニットに結合するのに対し、クロラムフェニコールは50Sサブユニットに結合する。
テトラサイクリン、クロラムフェニコールなどのリボソームサブユニットへの結合は可逆的で、薬物がなくなればリボソームはその機能を再開する。
抗生物質のその他の作用機序には、「代謝拮抗」(例:サルファ剤)、「細胞膜作用」(例:ポリペプチド系)、「核酸合成阻害」(例:ピリドンカルボン酸系)などがある。
(2)1つの時間帯(180分後)にしか寒天培養を行っていないため、これをグラフに表す意味は希薄である。生細胞数と濁度の関係について考察するためには、もっと多くの時間帯について希釈、寒天培養を行い、生細胞数をカウントしなくてはならない。
時間と濁度との関係を示したグラフについては1,2ページのものを参照のこと。このグラフについての考察は「考察」の項目に詳述。
(3)濁度あたりの生細胞数を求めると以下のようになる。
試験管 |
(1)
|
(2)
|
(3)
|
(4)
|
(5)
|
(6)
|
(7)
|
(8)
|
(9)
|
濁度 | 0.62 | 0.062 | 0.364 | 0.56 | 0.582 | 0.506 | 0.622 | 0.07 | 0.598 |
生細胞数 | 1.7 | 0 | 1.88 | 1.32 | 0.92 | 0.28 | 1.79 | 0 | 2.98 |
比率 | 2.74 | 0 | 5.16 | 2.36 | 1.58 | 0.55 | 2.88 | 0 | 4.98 |
(比率は濁度を1に換算した場合の生細胞数(生細胞数/濁度)。単位は(×10^8個/1ml)。
今回のこの実験から判断できることには以下のようなことがある。
・ 抗生物質を投与しなかった3つの試験管(1,4,7)では比率が似通っており、大腸菌の株の違いが濁度に与える影響は少ない。
・ アンピシリンを投与すると比率が小さくなり、テトラサイクリンを加えると比率が大きくなる傾向が見られる。(6の結果のみはこの考察に適合しない。)
また、アンピシリン感受性の株では、菌が死ぬため、濁度に比して生細胞数が少なくなる傾向が見られるのではないか、と予想していたが、生細胞数が0であったため、(確かに濁度と比べて生細胞数が少ない、とは言えるが)明確に確かめることはできなかった。
テトラサイクリンを投与した試験管において比率が上昇した(すなわち濁度に比べて生細胞数が多くなった)理由はよくわからないが、タンパク合成が阻害された状態であるため、テトラサイクリン投与時に分裂期や分裂直後であった細菌は成長することができず、比較的未熟な大腸菌の割合が高くなったためではないか、と考えた。
(4)投与している間は菌の増殖を抑制するが、その薬物を除くと再び菌の増殖が開始する薬物を静菌剤といい、投与すると菌が殺される薬物を殺菌剤という。しかし殺菌作用を示す薬物も、濃度が低い場合には静菌作用を示す。
なお、殺菌剤の作用である溶菌は菌の増殖時に起こるため、静菌剤と併用したり、その後で使用したりすると拮抗が起こり、効果が落ちる。複数種の殺菌剤を併用することには効果がある。
4. 考察
まず、実験1の結果とそのグラフから考えられることについて。
A、B、Cいずれの株も、抗生物質を投与しなかったものは徐々にグラフの傾きは小さくなっているが、時間を追って濁度が増加し続けている。これは大腸菌の増殖が継続的に行われているためであり、グラフの傾きが小さくなってくるのは、大腸菌の個体数の増加に伴い、個体密度の増加や栄養条件の悪化が起こり、徐々に増殖しにくい環境になっていっているためであると考えられる。
次にアンピシリンを投与したものについてみてみると、B株については、抗生物質を投与しなかったものとほぼ同様の増加を続けている。このため、B株の大腸菌にはアンピシリンに対する耐性があることが伺われる。一方、A株、C株の濁度は、アンピシリンの投与後、急速に低下している。これはこれらの大腸菌にアンピシリン耐性がなく、大腸菌が死んでいったためであろう。いずれのグラフも180分付近で一度濁度が上昇しているが、この時間帯の試験管から溶液を採取し、寒天培地で培養を試みてもコロニーが形成されなかったことから、アンピシリン耐性を持つ変異株が発生、増殖したわけではなく、測定者の交替などによる吸光度測定の際の測定誤差であろうと判断できる。
最後にテトラサイクリンを投与したものであるが、A株では投与直後から濁度の増加がほとんど見られなくなった。これはA株の大腸菌にはテトラサイクリン耐性がなく、菌の増殖が抑制されたためであろう。B、C株は抗生物質を投与しなかったものとほぼ同様の増加を示しており、テトラサイクリン耐性があることがわかる。
180分後には、生細胞数を調べた。6で観測された生細胞数が非常に少ないことと、9で観測された生細胞数がやや多いことは気になるが、2,8以外(これらはアンピシリンの影響で死んでしまっている。)はおおむね同程度の菌が観察されている。
しかし、2,8と同様に抗生物質の効果を受けている3はコロニーが形成されている。これは、2,8に投与されたアンピシリンが殺菌剤であり、3に投与されたテトラサイクリンが静菌剤であることと関わっている。殺菌剤は文字通り菌を殺すため、その影響を受けた試料は増殖しないが、静菌剤では菌を殺すわけではなく、薬剤が取り除かれれば再び増殖する。今回のケースでは、試料を1万倍から100万倍に希釈し、さらにプレート上に塗り広げているため、抗生物質の効果はほぼなくなり、菌がコロニーを形成するまでに増殖したのであろう。
なお、今回の実習ではコロニー数を数える作業を4人で分担した。また、コロニー数の多いプレートではプレートの4〜8分の1をカウントしプレート全体のコロニー数を推定する方法をとった。そのため、個人による数え方の差(大型のコロニーを1つとするか、2つがくっついていると判断するか、など)や、推定による誤差を勘案しなくてはならないだろう。
続いて実験2の結果から考察できることについて。この実験の結果からは、以下のことがわかる。
・ A株にはアンピシリン、テトラサイクリン、クロラムフェニコールのいずれに対する耐性もない。
・ B株はアンピシリン、テトラサイクリンに対する耐性を持つ。
・ C株はテトラサイクリン、クロラムフェニコールに対する耐性を持つ。
アンピシリン、テトラサイクリンに関しては実験1の結果が裏付けられたことになる。
最後に耐性について。微生物が抗生物質に対する耐性を得るには次のような可能性がある。
・ 抗生物質を分解する酵素が微生物中に誘導される場合。
(例)ペニシリン耐性菌にペニシリン中のβ-ラクタム環を分解するβ-ラクタマーゼが誘導される。
・ 抗生物質を修飾(アセチル化、メチル化など)して、無力化してしまう場合。
・ 抗生物質に関係のない新しい代謝経路や、菌体内における抗生物質の作用発現を抑制する機構が出現する場合。
(例)クロラムフェニコール耐性にはプラスミド由来のアセチル化酵素によっているものがある。
・ 膜が変化を起こし、抗生物質が細胞内に入り込めなくなる場合。
・ 抗生物質の標的が変化(変形)し、抗生物質と結合できない、あるいは結合しにくくなる。
・ 細胞内に入っても、効果を表す前に排出されてしまう場合。
(例)テトラサイクリンへの耐性機序にもこのようなものがあるとされている。
また、耐性の出現には以下のような可能性が考えられる。
・ 突然変異によって耐性機構を持った微生物が出現し増殖した。
・ 耐性を持った細菌が接合によって非耐性菌にその耐性を移した。
(耐性の移動。このほかの耐性移動機構としては、周囲の環境から他の細菌が分泌したDNAを取り込む機構、バクテリオファージによる機構などが知られている。)
5. 付記(質問、考察からは外れるが、実習にあたって調べたことを掲載する。)
・大腸菌について
大腸菌は「グラム陰性通性嫌気性桿菌」と言われる種類の細菌で、一般には非病原性の細菌である。しかし、病原性の大腸菌もあり、それらは腸管病原性大腸菌、腸管毒素原性大腸菌、腸管組織侵入性大腸菌、腸管出血性大腸菌、腸管凝集性大腸菌の5種に大別される。
実習、実験に使用される大腸菌は非病原性大腸菌に手を加えたもので、実験室の培地でしか育たないよう、あるアミノ酸の合成ができないような遺伝子操作が施されている。今回の実習に用いられたのはDH5αと言われる株で、これはプラスミドの取り込み効率がよいとされている、D.Hanahan作出の株である。
※語注
グラム陰性…グラム染色はデンマークの医師グラムが1884年に考案した細菌類の染色法で、細菌類の外被の性質でこれを二大別するのに行われる。濃紫色に染まる場合をグラム陽性(結核菌、ジフテリア菌など)、染まらない場合をグラム陰性(チフス菌、淋菌など)という。
通性嫌気性…酸素のあるときは呼吸を行い、ないときには発酵を行う性質。他に、呼吸しかできない「偏性好気性」、発酵のみを行い酸素が毒となる「偏性嫌気性」、酸素があっても発酵のみを行う「耐気性」のような種類がある。
桿菌…棒状または円筒形の細菌。短桿菌、長桿菌などに分類される。枯草菌、結核菌、根粒菌など。他に、球菌(さらに単球菌、双球菌、連鎖球菌、ブドウ球菌に分類。化膿菌、肺炎菌、淋菌など)、らせん菌。
・大腸菌の増殖過程
指数関数的な増加→定常状態→減少 という過程をたどる。
栄養源の枯渇、毒素の蓄積、pHの変化などのため。1mlあたり10の10乗個以上にはなれない。
第2回実習 大腸菌の染色体DNAの分離と解析
1. 目的
溶菌、タンパク質除去、RNA除去の各過程を経て、大腸菌
のDNAを分離する。また電気泳動により、DNA分解酵素、
RNA分解酵素、制限酵素の働きを知る。
2. 結果
電気泳動の結果は右に示す写真のようになった。
一番左から順に、マーカー、何も加えなかったもの、
DNase、RNase、EcoRT+BamHTをそれぞれ入れたもの。
3. 設問
(1)口腔粘膜から細胞を採取するのが最も負担の少ない方法であると考えられる。
口の中を綿棒のようなものでこすればそれで細胞が採取できるからである。
この時に注意を要することは、口内をよく洗浄してから行うことである。
(口内に食べかすなどとして他の生物の細胞、DNAが残されている可能性があるため。)
(2)1.リゾチーム処理。リゾチームは、細菌細胞壁のムコペプチドなどに存在するN-アセチルムラミン酸とN-アセチルグルコサミン間のβ-1,4結合間を加水分解する。すなわち、細菌細胞壁を壊す溶菌酵素である。ヒトの細胞に細胞壁はないため、この処理は不要である。
なおフェノール処理はタンパク質を変性、凝固させ、遠心分離の際にフェノール層に分離されるようにするために行い、エタノール処理はDNA、RNAの除去のために行う。
(3)(4)いずれにも、クロマトグラフィーを用いることができると思う。
クロマトグラフィーでは、溶液、ゲルなどの中に混合物を通し、混合物を構成する物質の性質や分子量、電荷などの違いによって構成物の分離を行うことができる。溶液、ゲルなどを通過する際の通りにくさは、その分子量、電荷(溶液、ゲルとの親和性の強さ)に比例するため、電荷の大きさや分子量に大きな差のあるDNAやRNAを分離することも可能であると考えられる。
4. 考察
何も入れなかった左から2番目の列に現れ、DNaseを加えた3番目の列では見られない上の帯がDNA、2番目の列に現れ、RNaseを加えた4番目の列で見られない下の白い部分がRNAであることがわかる。(このバンドの幅が広いのは、様々な長さが存在するRNAの性質を表している。)また、制限酵素2種類を加えた5列目では、DNAの現れた位置とRNAの現れた位置との間に無数の帯が見られ、DNAが制限酵素によって様々な大きさに寸断された様子が伺われる。
本来二重らせんを染めるエチジウムブロマイドでRNAも染まっていることがわかるが、これはRNAが相補鎖の部分で水素結合を形成し、そこにエチジウムブロマイドが入り込んでいるためと解釈できる。
5. 付記(質問、考察からは外れるが、実習にあたって調べたことを掲載する。)
・リゾチームとSDSについて
リゾチームが細菌細胞壁を壊す溶菌酵素であることは設問(2)で述べた。卵白に多く含まれている。ヒトには細胞壁がないため、人体には影響がない。また、今回はニワトリのものを使用したが、ヒトやニワトリの体内に存在する酵素なので、37℃付近が最適温度であり、今回の実験でリゾチームを入れた後に37℃で保温したのはそのためである。
SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)は陰性界面活性剤(洗剤)の1つで、細胞膜の主要な構成要素であるコレステロールを取り込み、細胞膜を破壊する。これによりDNAを含む細胞内の物質が放出される。(歯磨き粉に使用)
リゾチーム処理、SDS処理によって試料がとりもち状になるのは、破壊された細胞内から細胞内のタンパク質が溶出するためである。
第3回実習 プラスミドDNAの単離とアガロース電気泳動
1. 目的
プラスミド抽出法を用いて薬剤(抗生物質)耐性菌から
DNAを分離し、得られたDNAの電気泳動パターンから
DNAの構造や分子量について考察する。対照実験として、
薬剤感受性菌からもDNAの抽出を試み、比較する。
2. 結果
電気泳動の結果は前ページの写真のようになった。一番左がcontrolDNA、次からはA株、B株、C株と続き、最後がマーカーDNA。一番右寄りの3本が自分の行ったもの。
3. 設問
(1)プラスミドDNAと染色体DNAの違い
プラスミドは染色体とは別の小型環状二本鎖DNAであり、独自の複製起点があるため染色体とは別個に複製できる。これは菌の生存のために必須なものではないが、菌の生存、増殖にとって重要な性質を備えたプラスミドも存在する。またプラスミドは細菌以外にも、酵母などに存在する。
Fプラスミドと言われるプラスミドを持つ細菌(供与菌)は、これを持たない細菌(受容菌)と出会うと細胞質間に橋を形成、FプラスミドDNAが複製され、形成された橋を通って供与菌から受容菌へと移る。その後橋が壊れ、細菌はどちらも供与菌となる。
Fプラスミドは組み込みと呼ばれる方法で細菌の染色体に取り込まれることがあり、この状態でもFプラスミドは接合を起こして他の細胞に移る能力を保っている。Fプラスミドは共有結合している細菌染色体の一部を一緒に移動させる。こうなると、細菌の遺伝子がどれでも、供与菌から受容菌へと移ることになる。
以上のような性質から、プラスミドは目的の遺伝子を組み込んでベクター(目的のDNAを細胞に組み込むための道具、運び屋という意味)として使われ、細胞の形質転換や、特定のタンパク質の獲得、遺伝子の役割の確認などに用いられている。
RNAとDNAの違い
・ 相補的2本鎖構造のDNAは半保存的に複製を行うことができる。(安定)
・ DNAが遺伝情報の保持を主な役目とするのに対し、RNAの活動は主にタンパク合成の場である。(RNAウイルスは例外といえる。)
・ 以上のような性質からDNA複製を行うDNAポリメラーゼには校正機能があるが、RNAポリメラーゼにはそのような機構がない。
・ RNAはアデニン、グアニン、シトシン、ウラシルの4種の塩基を持つのに対して、DNAにはウラシルはなく、チミンである。(ウラシルは1カ所をアミノ化するだけでシトシンになってしまうため、正確さが望まれるDNAには好ましくない。)
・ RNAを構成する糖はリボースであるのに対して、DNAはデオキシリボースである。
・ DNAは通常2本鎖で存在するのに対して、RNAは1本鎖である。
4. 考察
典型的なものではA株で帯が見えず、B、C株で左端のcontrol DNAと同じ位置に帯が見られる。
下側のやや太い帯は普通の一倍体プラスミドDNA(スーパーコイル=クローズコイルがさらにねじれて小さくまとまった状態)、上側に見られる細い帯は二倍体プラスミドDNA、オープンサークルDNA(2本鎖のうちの1本が切れた状態)などの、ゲル中を通過しにくい形状のプラスミドであると考えられる。また、一番上に見える薄い帯は染色体DNAであろう。
この実験からは、薬剤耐性がプラスミドDNAによってもたらされたものであることが伺えるが、その考えを断定するにはA,B,C各株の染色体DNAの相違などについても調べる必要がある。
5. 付記(質問、考察からは外れるが、実習にあたって調べたことを掲載する。)
・酢酸ナトリウムの使用について
酢酸ナトリウムは、酢酸との混合物のかたちで使用されており、酸性である。
プラスミドDNAの抽出では、TENS buffer(特にSDSの働き)を細胞膜の破砕、タンパク質の変性(水に溶けなくする)、DNAの二重らせん間水素結合の解離に用いる。過剰にするとプラスミドDNAが加水分解して切れてしまうので注意する。
水素結合の解離はアルカリ性でないと発揮されない効果で、長い染色体DNAは一度離れると、タンパク質と絡み合ったりして、元に戻れず、水にも溶けなくなる。しかしプラスミドDNAは水素結合が失われても、二つの輪が絡まった形になるだけで離れはしない。さらに、短いためにタンパク質と絡み合うこともなく、酸で中和すればもとのプラスミドに戻ることができるのである。
第4回実習 プラスミドDNAによる大腸菌形質転換
1. 目的
第2,3回実習で抽出した抗生物質耐性大腸菌のDNA(大腸菌DNA、プラスミドDNA)を抗生物質感受性大腸菌の溶液に加え、抗生物質を含んだ寒天培地での培養を試みることにより、抗生物質感受性大腸菌に耐性という形質を付与できるかどうかを検討する。
2. 結果
サンプル DNA(−) A株大腸菌DNA B株大腸菌DNA C株大腸菌DNA A株プラスミドDNA B株プラスミドDNA C株
サンプル | DNA(−) |
A株大腸菌 |
B株大腸菌 DNA |
C株大腸菌 DNA |
A株プラスミド DNA |
B株プラスミド DNA |
C株プラスミド DNA |
Lプレート |
無数
|
||||||
アンピシリン |
0
|
0
|
0
|
0
|
0
|
560
|
0
|
テトラサイクリン |
0
|
0
|
0
|
0
|
1
|
848
|
301
|
3. 設問
(1)培養細胞へのDNA導入には次のような方法があることがわかった。
名称 | 長所 | 短所 |
リン酸カルシウム法 | 特別な試薬・機器が不要 | 再現性が低い |
Chen-Okayama法 | 効率が非常に高い | 環状DNAのみ 至適条件が狭い |
DEAE-デキストラン法 | 特別な試薬・機器が不要 再現性が高い |
導入されるDNA量が少ない |
エレクトロポレーション | 効率が高い 操作が簡単である |
特別な機器が必要 大量の細胞が必要 |
リポフェクション | 効率が高い キットが市販されている |
特別な試薬が必要である |
ウイルスベクター | 効率が高い | 特別なベクター、細胞が必要 |
マイクロインジェクション | 効率が非常に高い | 扱える細胞数が少ない 特別な機器が必要 |
また、動物細胞への遺伝子導入には、HVJ-リポソーム法、カチオニックリポソーム法、 DNA直接注射法、遺伝子銃などの方法や、ウイルスベクター法が用いられる。
(2)取り込み技術が開発された初期には、この技術はDNAクローニングに非常に重要であった。なぜなら、PCR法により、試験管内のみでDNAの大量クローニングができるようになる以前には、大腸菌などにDNAを取り込ませ、その大腸菌を増殖させる、という過程によってDNAクローニングを行っていたからである。PCR法が開発されてからは、このような有用性は薄れたと言える。
しかし、このような遺伝子導入の技術は、遺伝子治療、遺伝子組み換え食品などにも道を開くものである。
遺伝子治療は、遺伝子の変位によって生じる病気に対し、正常な遺伝子を体内に導入することで治療する方法である。遺伝子の変異によって生じる病気とは、発現したタンパク質が正常でないということであり、これに対し正常なタンパク質を作る遺伝子を導入してそれを補うという方法がとられている。DNAは一般にウイルスを用いて導入する。
遺伝子組み換え技術は、生物から役に立つ遺伝子を取りだし、改良しようとする他の生物に取り入れることによって農作物などを短期間で品種改良する技術で、害虫の影響を受けにくくしたり、日持ちをよくしたり、様々な色の花をつくるなどの応用が行われている。
この他にも、この技術は工学などの分野に応用可能である。
4. 考察
DNAを入れないサンプルをLプレートにまくことにより、コンピテントセルには増殖力があることが証明されている。さらに、もし染色体DNAが大腸菌を殺している、という仮説を否定しようと考えれば、他のサンプルもLプレートにまく必要がある。
B株のプラスミドDNAはコンピテントセルに取り込まれ、アンピシリン、テトラサイクリンの両方に耐性を与えることがわかった。またC株のプラスミドDNAは、テトラサイクリン耐性のみを与えている。A株のプラスミドDNAに関しては、テトラサイクリンプレートにまいたもので1つのコロニーが観察された。しかしこれは他のコロニーを形成したプレートと比べて明らかに数が少ないため、A株プラスミドDNAが耐性を与えたわけではなく、(第一、第3回実習の結果からA株にプラスミドDNAは存在しないはずである。)@雑菌が入った。Aテトラサイクリン耐性を持つ突然変異が起こった菌がありその菌が増殖した。のいずれかであろうと考えられる。そのどちらかを判断するには、コロニーに生えた菌の種類などを調べなければならない。
また、染色体DNAは(少なくともアンピシリン、テトラサイクリンに関する)耐性を与えることはないようである。これがDNAにそもそも耐性がないためか、コンピテントセルに取り込まれないためか、あるいはその両方なのか、に関しては今回の実験結果からはわからない。
5. 付記(質問、考察からは外れるが、実習にあたって調べたことを掲載する。
・コンピテントセル
Heat shockやカルシウムイオンによって形質転換効率をよくした細菌。
Heat shockやカルシウムイオンが形質転換効率を上げる理由については明らかでないが、カルシウムイオン以外にも、マグネシウムイオンなどが同様の効果をもたらすことが知られており、その正電荷や、冷却→加温→冷却という温度の急変が細菌の膜構造に何らかの機序によって変化をもたらし、本来外来DNAを取り込まないはずの大腸菌などがそれらを取り込む可能性が高まるのではないか、と考えられている。
第5回実習 制限酵素によるプラスミドDNAの切断及びアガロースゲル電気泳動
1. 目的
DNA分解酵素の一種である制限酵素について理解すると共に、
実際に制限酵素によるプラスミドDNAの切断を行い、それを
アガロースゲルで電気泳動する。その結果に基づいてプラスミド
DNAの大きさとマップを推定する。
2. 結果
電気泳動の結果は右に示す写真のようになった。
3. 設問
(1)結果と考察を参照。
(2)マーカーの位置を測定し、片対数グラフに示すと以下のグラフのようになる。(距離はmm)
移動距離 |
7.4
|
9.8
|
11
|
12.5
|
14
|
14.8
|
17.9
|
塩基対の数 |
23130
|
9416
|
6557
|
4361
|
2322
|
2027
|
564
|
グラフ(省略)から最小二乗法を用いて移動距離(l)と塩基対の数(bp)との関係を式に表し、これを用いてそれぞれの移動距離を塩基対換算する。
番号 |
1
|
2
|
3
|
4
|
5
|
6
|
7
|
8
|
9
|
10
|
11
|
12
|
13
|
14
|
距離 |
12.7
|
12.7
|
12.7
|
12.7
|
13.5
|
13.2
|
14.4
|
14.2
|
12.5
|
12.5
|
14.9
|
16
|
13
|
16.2
|
塩基対 |
4037
|
4037
|
4037
|
4037
|
3054
|
3391
|
2231
|
2292
|
4329
|
4329
|
1874
|
1277
|
3636
|
1191
|
距離 |
23.4
|
24
|
19.4
|
22.5
|
17.6
|
16
|
25
|
17.6
|
||||||
塩基対 |
97
|
78
|
390
|
132
|
731
|
1277
|
55
|
731
|
||||||
距離 |
23.6
|
30.2
|
||||||||||||
塩基対 |
90
|
9
|
※ 1〜8がB株。9〜14がC株プラスミドDNA。1,9には制限酵素は入れていない。
※ 入れた酵素は以下の通り。
2 EcoRT
3 PstT
4 SalT
5 EcoRT+PstT
6 EcoRT+SalT
7 PstT+SalT
8 EcoRT+SalT+PstT
10 EcoRT
11 EcoRT+EcoRX
12 EcoRT+SalT
13 EcoRX+SalT
14 EcoRT+EcoRX+SalT
実際のB株プラスミドDNAは4361bp、C株は4500bpとのことなので、1〜4、9、10を見ても、その他の結果の塩基対数を合計してみても精度の高い結果が得られたとは言い難い。しかし、いずれの制限酵素も、各プラスミドDNAを1カ所のみで切断するということは言える。また、制限酵素によってできた2,3の断片長の比から、およその推測は可能である。以下にその推測の結果を示す。
B株(全長4361bp) PstTで切れる配列から数えて、EcoRTで切れる配列がおよそ279bpの位置に、SalTで切れる配列がさらに約226bpの位置(PstTで切れる配列からは505bp)にある。(PstTで切れる配列とSalTで切れる配列との間隔は3856bpほど)
C株(全長4500bp) EcoRTで切れる配列から数えて、EcoRXで切れる配列がおよそ1630bpの位置に、SalTで切れる配列がさらに約261bpの位置(EcoRTで切れる配列からは1891bp)にある。
(EcoRTで切れる配列とSalTで切れる配列との間隔は2609bpほど)
(3)制限酵素はDNAを特定の配列で切断する酵素であり、同じ配列をメチル化し、制限酵素から保護する修飾酵素と対をなしている。これらは、進入DNAを切断することによって細胞を守るために進化したものであると考えられている。すなわち、自分のDNAであれば制限酵素が切る配列は修飾酵素でメチル化されているため切断されず、細菌や一部のウイルスなどの外来DNAを発見すればメチル化されていないそれらを切断、無力化してしまう。逆に、自分の持たない種類の(つまり、対応する修飾酵素を持たない)制限酵素が加えられると、その酵素が切断する配列の部分で切断されてしまうのである。
なお、認識する配列は対称な配列であるので、2本鎖のうちのどちらを読んでも同じ配列を同じ箇所で切ることになる。こうしてDNAを切断すると、同じ制限酵素で切断したDNAと連結できるようになる。このような酵素は4塩基認識、6塩基認識、8塩基認識などに分かれ、数百種類が確認されている。
また、DNAを特異的な塩基配列のところで切断できるという特性のために、制限酵素は現在のDNA技術のあらゆる分野に不可欠で、特定の制限酵素を使えばある特定のDNA分子を必ず同じ部位で切断することができる。巨大DNA分子を制限酵素で小さい断片に切断したら、次にこれらの断片を、ゲル電気泳動などを用いて分離する。これを用いれば、DNAの物理的地図(ある長さのDNAに種々の目印を付け、その位置を示したもの)が作成できる。
第2回実習および今回用いた制限酵素の認識、切断配列は以下の通り。
EcoRT G|AATTC
BamHT G|GATCC
PstT CTGCA|G
SalT G|TCGAC
EcoRX GAT|ATC
(いずれも5'→3'の向き。)
EcoRXのように認識配列の中央で切る酵素で切れた末端を平滑末端、他の酵素のように中央以外の部分で切れた末端を付着末端と呼ぶ。
(4)エチジウムブロマイドはインターカレーター(挿入剤)の1つで、二本鎖DNAの塩基対間(水素結合が形成される部分)に入り込んでDNAのらせんを巻き戻し、すぐそばの塩基対との距離が増えてしまう。エチジウムブロマイドはこのような機序で転写や複製を阻害する、発ガン性物質である。
エチジウムブロマイドはDNAの2本鎖に入り込み、紫外線を照射すると活性化し蛍光を発する。この処理を行うことによって、電気泳動を行った後、紫外線照射によってDNAバンドを視認することができる。
エチジウムブロマイドを先にゲルに入れると電気泳動同時に染色ができる(短時間で実験可)、泳動中に紫外線照射を行えば泳動の様子を確認できるなどの利点がある。
一方、エチジウムブロマイドを電気泳動後に入れるのは、先に入れると、泳動中の負に帯電したDNAに、正に帯電したエチジウムブロマイドが入り込むため、泳動の速度が低下し、精度が落ちる可能性があるためではないかと考えられる。
なお、エチジウムブロマイドの発する蛍光量は、飽和時にはDNA長×本数で決定されるため、定量に用いることも可能である。
4. 考察
写真を見ると、制限酵素を加えずに電気泳動を行った試料では、プラスミドDNAの形状によりさまざまな流れやすさを持つものがあって、帯が広くなっているが、1つだけ制限酵素を入れた試料では、プラスミドDNAが1カ所のみで切断されるため、全てが同じような形状になり、帯が狭くなっていることが顕著にわかる。
用いる制限酵素を2つ、3つと増やすと、それに伴ってバンドも増えている。
また、塩基対数の少ないものほどエチジウムブロマイドによる染まりが悪いのは、塩基対の数が少なく、エチジウムブロマイドの入り込む隙間が少ないためであると考えられる。
5. 全実習を通しての考察、感想
今回行った5つの実習は深い相関関係に基づいて行われていると思われる。
まず、第1回実習では研究上のモデル生物であり、実験にも最もよく用いられる大腸菌について、その増殖の様子や、抗生物質の増殖に及ぼす影響を調べる中で、同じ大腸菌でも形質(今回の場合は抗生物質に対する感受性)に相違があることがわかった。
第2回実習では染色体DNAを、第3回実習ではプラスミドDNAを抽出する実験を行った。これにより、大腸菌には染色体DNA以外により分子量の小さい(電気泳動において流れやすい)DNA(=プラスミドDNA)があるものが存在することがわかった。(今回で言えばA株の大腸菌にはなく、そのほかにはあった。)
第4回実習は大腸菌に形質転換をもたらすものについての実験だった。形質転換が起こりやすいコンピテントセルを用い、それと(第1〜3回実習で用いた大腸菌の)染色体DNAやプラスミドDNAを混合したものを試験管培養した後、抗生物質を混入した培地にまいて耐性獲得の是非を調べた。B株のプラスミドDNAはアンピシリンとテトラサイクリンに対する耐性を、C株のプラスミドDNAはテトラサイクリンに対する耐性を与え、他の条件では耐性獲得がおこらなかったため、実習1で確認したB,C株の耐性はB,C株の持つプラスミドDNAに由来することがわかった。
第5回実習では制限酵素を用いてプラスミドDNAを切断することにより、プラスミドDNAがどこに、どんな配列を持っているかを一部ながら考えた。またこの中で、B株のプラスミドDNAとC株のプラスミドDNAは同一のものでない、ということが確認された。
第1回の実習では3種類の希釈、培養結果の用い方(どれか1番よいものを選んで用いるのか、平均するのか)や、濁度と生細胞数の比など、解釈に行き詰まる箇所があった。しかし、全体を通して今回の実習では大きなミスもなく、得られた結果も概ね納得のいくものであった。
参考文献・資料 Essential細胞生物学 南江堂(1999)
標準薬理学 第4版 医学書院(1992)
遺伝子導入&発現解析実験法 羊土社(1997)
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