代謝生化学実習レポート2
アルカリフォスファターゼを用いる酵素反応の解析


平成14年4月30日実施

1. 序論
A.酵素反応と基質濃度との関係
 酵素の作用を調べるためには、まずその化学反応の様式を知る必要がある。今、ある一定量の酵素(Eo)を用いて、これに種々の濃度の基質(So)を加えた場合を考える。反応の初速度(Vo)は、通常、基質濃度の低い範囲では、基質の供給が律速となり、反応は、基質濃度に対して一時反応となる。(Vo=k×Eo×S)一方、基質濃度が極めて高い場合には、酵素供給が律速となり反応速度は基質濃度に依存しなくなる。(Vo=k'×Eo)このときの反応初速度は、与えられたE0に対して最大となるので、特に最大速度(Vmax)という。
 この関係は、MichealisとMentenにより定量的に説明された。酵素(E)と基質(S)とが反応中間物として複合体(ES)を可逆的に形成し、ついでその中間物から反応最終産物(P)が得られるとする。すなわち、E+S←→ES→P+E が成立するとする。酵素および基質の全体量は保存されているので、
 Eo=[E]+[ES]    …@
 So=[S]+[ES]+[P] …A
となる。t=0においては、[P]=0であり、また[ES]≪[S]としてよいので、t=0の近傍ではA式はSo=[S]  …B  と近似してよい。
 [ES]の時間変化は十分に小さいとすれば(すなわち定常状態にあるとすれば)、 d[ES]/dt=0 となる。
 ∴d[ES]/dt=k1[E][S]―(k2+k3)[ES]=0 よって、 [E][S]/[ES]=(k2+k3)/k1
 ここで、 (k2+k3)/k1=Km とし、Kmをミカエリス定数と呼ぶ。
  Km=[E][S]/[ES] …C
反応速度は V=d[P]/dt=-d[S]/dt で表されるので、反応式より、 V=k3[ES] となると考えられる。@式を考慮すれば、V/Eo=k3[ES]/([E]+[ES])=k3/([E]/[ES]+1)
 B、C式から、(B式はt=0の近傍でしか成り立たないので、V=Vo(初速度)とした。)
 Vo/Eo=k3/(1+Km/[s])=k3/(1+Km/So)
 ∴Vo=k3×Eo/(1+Km/So)   …D
 このD式をMichealis-Mentenの式という。So→∞の場合、Vo=k3×Eoとなるので、Vmax=k3×Eoである。
 Vo=Vmax/(1+Km/So)   …E
また、So→0の場合、Vo=k3×Eo×So/Kmとなり、予想されたようにVoはSoの一次式となる。
E式からわかるように、So=Kmの時、Vo=Vmax/2となる。従ってもし同一の酵素に対して、2つの基質が存在する場合、Kmが小さいほど酵素に対する親和性が大きいといえる。
VoとSoの関係は、曲線になるので、これからKmやVmaxのようなパラメーターを正確に出すのは、かなり困難である。そこでE式を変形し、1/Voと1/Soの関係から、Km、Vmaxを求める工夫がなされた。
1/Vo=(1+Km/So)/Vmax=1/Vmax+Km/(Vmax×So)  …F
F式からわかるように、1/Voと1/Soは直線関係である。特にこれをLineweaver-Burkのプロットという。このプロットを用いると、1/Vo切片、1/So切片から、VmaxおよびKmを簡単に求めることができる。

B.酵素の阻害剤
 酵素反応を阻害する物質(阻害剤)には可逆的に働くものと非可逆的に働くものがある。前者は阻害剤を透析などで除くと酵素活性が完全に回復するが、後者では回復しない。可逆的阻害は基質との関係から拮抗阻害(competitive inhibition)と非拮抗阻害(non-competitive inhibition)および不拮抗阻害(uncompetitive inhibition)に分けられる。拮抗阻害では阻害剤が基質と類似した分子構造を持っており、基質と競争的に酵素の活性中心を奪い合う結果反応速度が遅くなる。従って阻害の程度は基質濃度と阻害剤濃度との比によって定まる。非拮抗阻害では阻害剤が酵素の活性に必要な部分と結合したり補欠分子族を奪ったりして酵素反応の進行を阻害する。この場合には阻害度は阻害剤の濃度のみにより決められて、基質がいかに大量に存在しても阻害を乗り越えられない。酵素分子中種々の官能基または補酵素に特異的に結合する物質が特にこのグループの阻害剤に多い。例えば反応に金属が関与する酵素では、CN-、N3-、キレート試薬などが阻害物質となる。SH基に対して反応するp-cercuribenzoate、iodoacetate、N-ethylmaleimide、Hg2+などや、セリンなどのOH基に対してはdiisopropylfluorophosphateのようなalcoxyhalogenophosphateなどは酵素活性の阻害剤として活性中心の検討に特によく用いられる。
 上で述べた反応速度についての考察をもとに阻害剤の酵素反応に及ぼす影響を解析できる。ここでは、拮抗阻害の場合だけについて述べておく。competitive inhibitiorを加えた場合反応系では、 のほかにE+I←→EI(Iは阻害剤、EIは酵素阻害剤複合体)が起こる。従ってこの条件では酵素の保存則(@式)は次のように変わる。
 Eo=[E]+[ES]+[EI]   …@'
 また、Iについても保存則が成り立つから、Ioを初期濃度とすると、
Io=[I]+[EI] となる。しかし、[I]≫[EI]なので、(酵素量が少ないので)Io=[I] …G としてよい。
 さらにKiをEIの解離定数とすると、Ki=[E]×[I]/[EI] …H となる。
 したがって、阻害剤存在下では、V/Eo=k3×[ES]/([E]+[ES]+[EI])=k3/([E]/[ES]+1+[EI]/[ES]) よって、
 Vo/Eo=k3/(1+Km/So+Km×Io/Ki×So)
 Vo=Vmax/{1+(1+Io/Ki)×Km/So}
∴1/Vo=1/Vmax+Km×(1+Io/Ki)/(Vmax×So)
 したがって、様々な濃度の阻害剤が存在下でしている状況下でのLineweaver-Burk型の直線群は全て、縦軸を1/Vmaxで切る。各直線の勾配は[Km/Vmax]×(1+Io/Ki)であるから、competitive inhibitionの影響は勾配(1+Io/Ki)を大きくするように働くことがわかる。
 ここで、それぞれの阻害形式がLineweaver-Burk plotを行った際のグラフにどのような変化を及ぼすかまとめておく。

阻害の種類 グラフの傾き 1/Vmax -1/Km
拮抗阻害(competitive inhibition) 増加 変化せず 増加(0に近づく)
非拮抗阻害(non-competitive inhibition) 増加 増加 変化せず
不拮抗阻害(uncompetitive inhibition) 変化せず 増加 減少(絶対値増加)

2. 実験
A.経時的変化
 NPPを1mMになるように含むTris緩衝液(0.05M)を10mlつくる。この10mlに、水1.5ml、酵素標品1mlを加え、泡をたてないように混和してただちに室温で反応させる。入れた直後、5分後、10分後、20分後、30分後に2mlずつ取り出し、あらかじめ2mlの0.3NNaOHを入れた試験管に入れてよく混ぜ反応を止める。それぞれのOD410を測定し、取りだした時間に対しプロットする。OD410の測定に用いるブランクは酵素を加えないで他は全て上と同様に処理したものをつくり用いる。(以下の実験にもこのブランクを使用)

B.基質濃度を変化
 NPPを0.03mM、0.05mM、0.07mM、0.10mM、0.20mM、1.0mM含むTris緩衝液(0.05M)をそれぞれ2mlつくる。このおのおのに0.3mlの水と0.2ml酵素標品を加え、ただちに室温において反応させる。反応時間はAで直線関係が成立し、かつOD410の測定値が信頼できる値を与える条件を選んで決定する。2.5mlの0.3NNaOHで反応を止め、おのおののOD410を測定する。

C.無機リン酸による阻害
 アルカリフォスファターゼは無機リン酸で阻害されるので、これらについてその阻害の様式を解析してみる。NPPを0.05mM、0.07mM、0.10mM、0.20mM、1.0mM含むTris緩衝液(0.05M)をそれぞれ2mlつくる。このおのおのに0.3mlのリン酸(2.0mM)を加えてから0.2ml酵素標品を加え、室温において反応させる。反応後Bと同様に2.5mlの0.3NNaOHを加え、おのおののOD410を測定する。

3. 結果
実験A

経過時間
0分後
5分後
10分後
20分後
30分後
Blank
0.060
0.042
0.038
0.050
0.042
OD410
0.083
0.429
0.675
1.284
1.835

グラフ(省略)では、30分後に至るまでOD410は直線性を保っている。ODの値が信頼でき、(1.0〜1.2程度まで)直線性が確保されている時間として、B,Cの実験は15分で行うことを決めた。
また、この結果から反応速度を計算する。(反応速度はグラフの傾きである)
最小二乗法によってグラフ1の傾きを計算すると、0.057(/min)となるが、これをΔA=log(Io/I)=εclの関係を用いて濃度に換算すると、ε=21.3(m/(M×cm))だから、v=2.68(μmol/l/min)となる。
ここで、吸光度を測定した溶液はNaOH水溶液によって2倍に薄められていることを考えて値を2倍とし、また単位をμmol/min/1ml reactionに直すと、ν=5.35×10^-3(μmol/min/1ml reaction)となる。
次に比活性であるが、今回測定した溶液1mlには、酵素溶液が1/12.5ml含まれていた。酵素溶液の濃度は1.25μg/mlであるから、反応溶液1ml中の酵素量は1/12.5×1.25μg=1.0×10^-4mgと計算できる。上で求めた反応速度をこの酵素量で割ったものが比活性であるから、比活性=53.5(μmol/min/1mg protein)である。

実験B

[NPP]
0.024
0.040
0.056
0.080
0.16
0.8
1/[NPP]
41.6
25.0
17.9
12.5
6.25
1.25
OD
0.267
0.413
0.518
0.63
0.77
1.145
OD(Blank)
0.040
0.060
0.058
0.050
0.038
0.045
ΔOD
0.227
0.353
0.460
0.580
0.732
1.100
v(×10^-3)
1.42
2.21
2.88
3.63
4.58
6.89
1/v
704
452
347
275
218
145


(濃度単位はmM、速度はΔODを15(min)で割り、あとは実験Aと同様にして算出、単位はμmol/min/1ml reaction)
以上の結果を用いて、Lineweaver-Burk plotを行った結果をグラフNo.2に示す。(黒のプロット)
また、この数値をもとに、最小二乗法を用いて1/Vo=a/[NPP]+bの式のa,bを求め(a=14.1,b=110)、グラフ上に示したものが赤の直線である。この直線において、1/Vo軸の切片(すなわちb)が1/Vmaxであり、1/[NPP]軸の切片(すなわち-b/a)が-1/Kmであるから、以上のことをもとにしてVmax=9.08×10^-3(μmol/min/1ml reaction)、Km=0.128(mM)と計算できる。

実験C

[NPP]
0.040
0.056
0.080
0.16
0.8
1/[NPP]
25.0
17.9
12.5
6.25
1.25
[Pi]
0.24
0.24
0.24
0.24
0.24
OD
0.157
0.252
0.282
0.407
0.780
OD(Blank)
0.037
0.060
0.056
0.038
0.042
ΔOD
0.120
0.192
0.226
0.469
0.732
v(×10^-3)
0.75
1.20
1.41
2.94
4.58
1/v
1331
832
707
341
218

(濃度の単位はmM、速度は実験Bと同様にして算出、単位はμmol/min/1ml reaction)
以上の結果を用いて、Lineweaver-Burk plotを行った結果をグラフNo.2に示す。(青のプロット)
また、この数値をもとに、実験Bと同様に最小二乗法を用いて1/Vo=a/[NPP]+bの式のa,bを求め(a=47.6,b=110)、グラフ上に示したものが黒の直線である。
これと実験Bで描いた直線とを比較すると、1/Vo軸の切片はほとんど同じであるが、直線の傾きが大きく増加している。序論でも述べたとおり、グラフにこのような変化が現れるのは拮抗阻害(competitive inhibition)の特徴であるため、無機リン酸の阻害様式は拮抗阻害であると考えられる。
 拮抗阻害では序論で見たように、1/Vo=1/Vmax+Km/(Vmax×So)×(1+Io/Ki) の式が成り立つので、a=Km/Vmax×(1+Io/Ki)とし、a(=47.6)、Io (=0.24)と実験Bで求めたVmax(=9.08×10^-3)、Km (=0.128)とを代入してKi=0.101(mM)が計算できる。

4. 考察
 実験B、Cについては、実験CのNNP濃度が0.056mMの溶液が示した値がやや大きくずれているが、それを除けばプロットがほぼ一直線上と見なせる範囲になり、よいデータが得られたのではないかと思う。値の大きくずれたデータについては、時間の計測を誤って反応を止めるまでに15分よりも長く時間が経っていた可能性が考えられる。
  また、ブランクのOD測定値の変動がやや大きいのも気になった。これはセルが違うために起こったか、値の大きいものについては測定時にセルが多少汚れていた可能性も考えられる。
  全体としては、測定値を考察した結果、実験BとCのグラフの縦軸切片がほとんど同じになり、またBのグラフと比較してCのグラフの傾きが顕著に大きくなるという、いずれも拮抗阻害であることを示すものであったため、信頼できるデータが得られたと考えてよいと思われる。


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