統合生理学実習レポート
U.骨格筋細胞の静止電位と外液イオン濃度

実施日 平成14年10月25日(金)

1. 目的
   微小電極を用いた細胞内記録法によりカエル縫工筋の静止電位を測定し、細胞外液中のカリウムイオン濃度との関係を理解する。

2. 実験
(1)カエルの縫工筋を剖出し、実験に用いた。
(2)ノーマルRinger液を満たした記録用チャンバー内に、縫工筋を内側を上に向けて置き、全体の長さを120%ほどにやや引き延ばし、両端の腱を虫ピンで固定した。
(3)実体顕微鏡下で筋肉表面を観察し、記録部位としてなるべく表面が平坦で、血管などのない部位を選択した。
(4)ガラス微小電極内に銀電極を電極液に浸るところまで挿入し、マイクロマニュピレーター(微小電極操作器)に固定した。
(5)もう一方の銀電極端子に増幅器への入力ケーブルをつないだ。
(6)記録用チャンバーに固定された不関電極をアースにつないだ。
(7)マニュピレーターの粗動、微動つまみを動かして、電極を実体顕微鏡下で視野に入れた。
(8)徐々に顕微鏡の倍率を上げながら、電極先端をRinger液中に入れた。
(9)微小電極増幅器のスイッチを入れると、記録電極と不関電極の間の電位差がメーターに表示されるので、つまみで二つの電極間の電位差を0mVになるように調節した。
(10)テストのため、回路に1nAの電流を流し、その電極間電位差を読みとって、オームの法則から記録電極の電極抵抗を計算した。
(11)またこの間に、0mM、25mM、125mMのカリウムイオン濃度を持つRinger液を使用して、5種類のカリウムイオン濃度がそれぞれ異なるRinger液を調合しておいた。
   Ringer液の組成は以下の通り。(単位は全てmM)

カリウム濃度
NaCl
KCl
CaCl2
MgCl2
Glucose
0.25mM
127.25
0.25
2.5
1
5
1.0mM
126.5
1
2.5
1
5
2.5mM
125
2.5
2.5
1
5
5.0mM
122.5
5
2.5
1
5
30mM
97.5
30
2.5
1
5
100mM
27.5
100
2.5
1
5
細胞内液 Na濃度 10mM、K濃度 124mM、Cl 2.4mM

 静止電位の測定
(1) 以上の準備ができた後、マイクロマニュピレーターを操作して記録電極を筋線維に刺入した。
(2) ペン書きレコーダーの振れが安定してから、静止電位の値を読みとり、記録した。
(3) 10本以上の筋線維の静止電位を測定し、平均値と標準偏差を計算した。
(4) ノーマルRinger液内での静止電位の測定が終了してから、電極を抜き、Ringer液を捨てた。
(5) カリウムイオン濃度の異なるRinger液を濃度が低い順にチャンバー内に入れ、上記と同様の実験を行った。(5種類)
 先端電位の測定
ガラス微小電極は先端が非常に細いために、先端電位と呼ばれる電位を持つ。これを測定する。
(1) 最後の静止電位測定が終わった後、微小電極を細胞から抜き、Ringer液に浸した状態にした。
(2) 増幅器で電極間のバランスをとった。(先端電位が相殺された)
(3) ペン書きレコーダーの感度を上げた状態で、ピンセットで微小電極先端を折った。
(4) 電極先端が折れた瞬間に現れた電位変化を記録した。この電位は、先端電位を相殺するための電位であるので、これと正負逆の電位が先端電位である。


3. 結果
 以下に示す表のようになった。

カリウム濃度(mM)
0.25
1
2.5
5
30
100
測定1回目(mV)
-62
-76
-82
-77
-44
-20
2回目
-62
-82
-76
-66
-44
-20
3回目
-62
-76
-72
-66
-40
-18
4回目
-68
-75
-68
-72
-36
-18
5回目
-72
-72
-74
-64
-32
-20
6回目
-72
-86
-66
-74
-36
7回目
-62
-74
-34
8回目
-68
-30
9回目
-84
10回目
-84
平均静止電位(mV)
-69.6
-77.8
-73
-70.4
-37
-19.2
SD(標準偏差)
8.14
4.71
5.26
4.66
4.9
0.98
Nernstの理論値(mV)
-159
-123.5
-100
-82.27
-36.36
-5.512
G-H-Kの理論値(mV)
-105.8
-102.8
-98.09
-91.58
-40.2
-10.37

 電極抵抗は30MΩほどで、先端電位は24.5mVとの結果が得られた。なお、グラフは省略した。

4. 考察
 Nernstの式はイオンの平衡電位を求めるための式である。
 細胞膜において、カリウムイオンの透過率は他のイオンに比べて高く、その静止電位形成に大きく関わっているため、カリウムイオンの平衡電位を細胞膜の静止電位とできるのである。
 しかし、細胞外カリウムイオン濃度が小さい時には、ナトリウムイオンチャネルや塩化物イオンチャネルを通過する電流の影響も無視できなくなってくる。(静止電位はカリウムイオンの平衡電位よりも脱分極した値をとる傾向がある。)この時の静止電位は以下に示すGoldman-Hodgkin-Katz(G-H-K)の式を用いて計算される。
 上記の結果に示した理論値は、これらの式を用いて、PK:Pna:PClを、-50mV以下では1:0.01:2とし、それ以上では1:0.01:0.2として計算した。
 理論値と実測値との関係について。カリウムイオンの濃度が上昇するに従って実測値が理論値に近づく傾向がはっきりと現れた。この結果は細胞膜透過性の高いカリウムイオンが静止電位に大きな影響を与えていることを示すと共に、透過性の高いイオンであっても濃度が低いと、他のイオンの影響が大きくなり、その影響力が小さくなる、ということを示していると考えられる。
 Nernstの式とG-H-Kの式を比較しても、同じことが言える。カリウムイオンの平衡電位を示すNernstの理論値はカリウムイオンが減少するに従ってG-H-Kの理論値、および実測値から大きく離れていっている。
 低カリウムイオン濃度の状態において、G-H-Kの理論値と実測値との間に大きく差異が見られる原因についてはこの実験だけからは定かでない。カリウム濃度を上げたにもかかわらず平衡電位が下がるなど、実験手技上の問題も考えられるし、イオンの等価係数を-50mVを境とした2種類にしか分けていないことも影響した可能性も考えられる。また、G-H-Kの式でも考慮に入れられないカルシウムイオンやマグネシウムイオンの影響について調べてみると面白いかもしれない。

5. 設問
@電極内に3Mという高濃度のKClを入れるのはなぜか。
この実験ではガラス電極を測定のために用いるが、このきわめて細いガラス管は非常に抵抗が大きい。(数十MΩ)そのため、その内部に高濃度の電解質水溶液を入れて少しでも抵抗を減らそうとしている。3Mという濃度であるが、これは、それ以上高いと問題があるというわけではなく、3Mで、KClがほぼ飽和するのである。また、電解質としてKClを選んだのは、ほんのわずかではあっても電解質は細胞内に流出することがあり、また、ガラス電極が破損すればもっと多くのイオンが流出してしまう。その時にもともと細胞内で濃度が高いカリウムイオンであれば、最も影響が少ない、という判断によるものである。

A電極抵抗Re=0またはRe=∞の時は、その電極は使えない。どうしてか。
まず抵抗が∞の時であるが、これは電流が流れないことを意味し(オームの法則:電流=電圧/抵抗より)、電流が流れなければ測定不能なので、その電極が使えないのは当然である。この時の原因としては、ガラス電極の先端になんらかの異物が詰まっている、ガラス電極の先端に全く穴が開いていない、などの可能性が考えられる。
 次に抵抗が0の場合。これは、ガラス電極の先が折れて太くなり、内容が流出しやすくなっている場合や、電極の太さ故に細胞内に電極が入りにくい場合、ガラス電極から内容があふれ出し、ガラス電極の外を電流が流れるようになってしまった場合、などが考えられ、いずれにしても測定は不可能である。

B微小電極増幅器とはどういう性質を持った増幅器か?これを用いないで、ペン書きレコーダーやオシロスコープに直接微小電極をつなぐとどういう問題が起こるだろうか?
この回路の微小電極の抵抗をRe、入力抵抗をRiとし、流れる電流をiとする。また、Eを今実験で求めたい静止電位、Vを今実験で測定した電圧、とすると、この回路では、
V=E−iRe …@  E−iRe−iRi=0 …A の二式が成立する。@、Aからiを消去すると、
V=E/(1+Re/Ri)となる。VをEと同じものとみなすためには、Re/Riが意味を持たないほど小さな値である必要がある。(でないと誤差が生じてしまう)そのため、増幅器内に100MΩという大きな抵抗を入れている。

 また、増幅器には「補償回路」といわれるものがある。これは、ガラス電極にコンデンサー的な働き(浮遊容量)があるために必要になるものである。補償回路がないと、例えば矩形波電流を与えても、コンデンサーに電気が蓄えられる影響で、観測されるのは、矩形波の角がなめらかになった図形である。これを補正するために増幅器に「補償回路」がある。(ただし、今回は山の高さである静止電位の大きさがわかればいいので、特に問題はない)
 電流が流れると、流れはじめに、電流を流すまいとして、電流の流れる向きとは反対に向けて微少な電流(ゲート電流)が流れる。このゲート電流は、測定値に影響を与えたり、細胞自体を壊したりする可能性もあるため、これを防ぐための機構も、増幅器が備えている。
 増幅器は以上3つの機能を持っている。

C体液(細胞外液、細胞内液)のイオン組成の特徴について述べよ。
 血漿と間質液はタンパク質に差があることを除けば組成はほとんど変わらないが、細胞内液に関しては全く違っている。陽イオンではカリウムイオンが突出して多いし、陰イオンは主にリン酸イオンとタンパク質で構成されている。

DDonnanの膜平衡について、説明せよ。
隔膜の一方の水溶液にこの膜を透過できないタンパク質のような高分子電解質が存在する時には、この膜を自由に透過できる低分子イオンもまた膜の両側液中で異なった濃度になって釣り合うことを、Donnan平衡という。

E正座をしていて足がしびれるのはなぜだろうか?以下の単語を全て使用して説明せよ。
正座をしていると、足に乗る自分の体の重みによって足に虚血が起こる。虚血が起こると、酸素グルコースが十分に供給されなくなり、従ってATP合成量が減る。細胞内からナトリウムイオン3つを出し、カリウムイオン2つを取り込むナトリウム−カリウムポンプは、ATPによって作動するため、この状態ではこのポンプは作動しなくなる(しにくくなる)。
 通常の状態では全てのイオンは平衡状態に近づこうとするので、カリウムイオンは細胞外へ流出し、ナトリウムイオンは細胞内へ流入する。(これを元の状態に戻すためにナトリウム−カリウムポンプが作動している)そのため、細胞外カリウムイオン濃度細胞内ナトリウムイオン濃度が次第に上昇していく。
 すると、静止電位が次第に脱分極方向へと上昇する。そして、膜の興奮性は上昇し、小さな刺激でも閾値に達する、極めて活動電位が発生しやすい状態が生じる。特に、感覚細胞の興奮性の上昇は、少しの刺激で痛みを感じるなど「しびれ」として感じられる。さらにこの状態が亢進すると、静止電位は閾値を超え、活動電位が発生しなくなるので、麻痺した状態となる。しびれに伴う感覚の麻痺はこうして生じる。

6. 感想
 今回の実験は、設問3などのように、物理的な側面が少しわかりにくかったが、細胞の興奮の根幹、ともいえる静止電位について、Nernst、G-H-Kの式などと比較しながら測定する、という趣旨がわかりやすく、実験に入りやすかった。
 また、得られた結果も非常に興味深いものであった。


参考文献 生理学テキスト(大地陸男著、文光堂)
     標準生理学(本郷利憲ら編集、医学書院)

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