統合生理学実習レポート W.感覚

実施日 平成14年10月4日(金)

A.触−圧点と痛点
1. 目的
人体各部位における、種々の感覚点の分布を調べ、皮膚感覚の末梢機構を理解する。特に、身体各部位の単位面積中に分布する触−圧点および痛点の分布の割合について検討する。

2. 実験
(1) 母指球、指先(母指または人差し指の手掌面)、手背、額、腓腹部にゴム印でマス目をつけ、乾燥させた。
(2) あらかじめ測定箇所の数だけのマス目を記録用紙に書いておき、ゴム印でつけたマス目に従い、順次刺激毛を使って刺激した。
(3) 各刺激箇所において、被験者に@触点、A触−痛点、B痛点、C感覚なしのいずれかの返答を求め、用意しておいた記録用紙に色分けしてプロットした。
(4) 測定後、4種類の点の数をそれぞれ数えることにより、各応答に対する相対度数分布(百分率)を得た。

3. 結果
  以下に示す。

触点
触−痛点
痛点
なし
母指球
88
6
6
0
母指指先
90
7
3
0
手背
86
8
2
4
78
8
4
10
腓腹
75
12
3
10

 以上の判断(その刺激が触刺激か、触−痛刺激か、痛覚刺激か)には主観が伴うため、被験者により結果に比較的大きな差異が生じることが予想される。例えば、その被験者が実験を行う前に他の被験者の結果を見聞きしていれば、その情報に影響される可能性がある。
 また、手背や腓腹部で顕著に感じられたが、一度痛覚刺激や、触−痛刺激を受けると、その痛みの感覚がしばらく残り、続いて与えられた刺激に対し、痛みを感じやすくなるように思われた。

4. 考察
 今回の実験では個人により感じ方が大きく異なる可能性があると考えたため、今回同じ実験を行った数人とデータを共有し、その平均を求めてから考察したい。(以下の表を参照、単位は%)

触点
触−痛点
痛点
なし
母指球(7人)
70
22
2
6
母指指先(4人)
66.3
32.2
1.5
0
手背(6人)
53.2
43
2.8
1
額(4人)
48.3
34.3
6.7
10.7
腓腹(5人)
39.2
40.8
8.6
11.4

 以上のデータには、いくつかの特徴的な傾向がみられる。
 まず、全体的に見て、触点の数が多いということ。これが皮下における触刺激受容器の多さを示すのか、1つの受容器の刺激受容範囲が広いことを示すのか、それとも今回の実験で用いた刺激方法が特に触刺激として感じられやすい刺激なのか、といったことはこの実験だけでは明らかでないが、触点は、特に母指球、母指指先など、手掌部に多いことがわかる。このことは、手掌部に触覚を伝える神経線維が多く分布していることを示すと同時に、そのことが(様々なことを手、特に手掌面を使ってする)人間にとって都合が良かった、ということを示すと考えられる。
 また、触−痛点は触点についで多いが、特に手背、腓腹に多い。このことは、身体の外側、裏側にあたるこれらの部位が、比較的外部からの刺激、障害を受けやすく、それらに対する逃避、回避行動をとりやすくしているため、と考えられる。特に、前方の情報を収集することに長けた視覚、聴覚によっては危機情報を得にくい腓腹部では、触点と触−痛点の割合が逆転しており、痛点も多い。
 その部位周辺の可動範囲が大きく、細かい作業に向いた手掌に対して、額と腓腹部には感覚のない点が多く見られた。
 大脳皮質の体性感覚野には、体部位局在的再現がある。体性感覚野における体部位再現は、体部位の広さには比例せず、指先、顔面などが誇張されて広く、体幹などはその表面積の大きさにも関わらず狭い。面積の広さは、その部位から情報を受けているニューロンの数が多いということを表している。このことは、指先、顔面などから送られる情報の処理が多様であることを物語っている。

5. 設問
@このようにして決められた触−圧点および痛点を生理学的にどのように理解すべきか。
 皮膚上で観察された触−圧点および痛点の皮下には、それぞれ触刺激に応答する受容器、痛覚刺激に応答する受容器があり、触刺激、痛覚刺激を受容してそれを中枢に伝えている。この実験を行っただけでは、触−痛点の皮下に触−痛覚刺激受容器が存在するのか、それとも触刺激受容器と痛覚刺激受容器が存在するのか、を判断することはできない。
 文献によれば、無毛部ではメルケル触盤、ルフィニ終末、マイスネル小体、パチニ小体など、有毛部ではピンカス小体、毛包受容器などが触−圧点に対応する。また、痛点には自由神経終末(Aδ線維、C線維の終末)が対応し、触−痛覚を専門に受容する受容器はない。

A皮膚の部位により触−圧点および痛点の分布に相違があるか。
 結果と考察からも明確なように、皮膚の部位により、触−圧点および痛点の分布には相違がある。
 まず触−圧点であるが、鼻や指先に最も密に分布し、1平方センチメートルあたり100以上存在するが、大腿部の分布は最も疎で、1平方センチメートルあたり11〜13程度しかない。全身の平均は25ほどである。
 痛点は全身に存在するが、手掌などでは少なく、前腕、大腿、腓腹などに多い。全身平均は1平方センチメートルあたり100〜200であり、触−圧点よりずっと多い。

B触−圧点の閾値は皮膚の部位により差があるか。
 触−圧点の閾値は鼻、口唇、舌をはじめとする顔面の各部位で小さく、指、腹、胸がこれに次ぎ、腕、脚、足では比較的大きくなる。触−圧点の分布が多く、閾値が小さいのは、生命の維持に重要な部位であり、体性感覚野における体部位再現の大きい部位によく対応している。また、同じ受容器で同種の刺激を受けるにもかかわらず、その閾値が異なる原因としては、受容器にいたるまでの皮膚の厚さや形状が異なることが考えられる。


B.痛覚
1. 目的
 正常のラットに機械的刺激および熱刺激を加えて行動学実験を行い、痛みの受容、伝達、および反射の機構を理解する。さらに、末梢炎症を有するモデルラットを用いて同様の実験を行い、炎症に伴う慢性疼痛の発現機序を理解する。

2. 実験
 実験1 von Freyテスト
(1) 正常ラットをメッシュ張りの台に乗せ、右後肢足底に各種von Freyフィラメントで機械的刺激を加えて行動を観察した。
(2) 後肢を跳ね上げたときの刺激の大きさ(痛覚閾値)を記録し、それを5回行った。
(3) さらに、右後肢に末梢炎症を有するモデルラットでも同様の実験を行った。
 実験2 プランターテスト
(1) 正常ラットをプランター板に乗せ、右後肢足底に熱刺激を加えて行動を観察した。
(2) 2種類の強度の熱刺激について、後肢を跳ね上げるまでの時間を記録した。
(3) さらに、右後肢に末梢炎症を有するモデルラットでも同様の実験を行った。
(4) 正常、炎症慢性期、炎症慢性期のラットについて実験を行った後、結果を比較した。

3. 結果
 平均値、および標準偏差のみを示す。実験2については各々の実験を7回ほど行った上で、最大のものと最小のものを除いた上で平均してある。

実験1
正常なラット
炎症急性期
炎症慢性期
平均
2.2
1.4
実施せず
標準偏差
0.98
0.49

 

 


実験2
正常なラット
炎症急性期
炎症慢性期
刺激強度
50
90
50
90
50
90
平均
5.04
2.50
2.40
1.53
2.09
2.04
標準偏差
0.99
0.52
0.32
0.64
0.24
0.29

 

 

 

ラットの足の厚さ
 炎症急性期  右 0.8cm  左 0.3cm
 炎症慢性期  右 0.7cm  左 0.4cm

4. 考察
 実験1、2ともに、正常なラットに比べて炎症を持ったラットの方が刺激に対する感受性が高く、痛覚過敏の状態にあるという結果が得られた。
 また、実験2では予想通り、刺激強度が上がれば、逃避行動を起こすまでの時間が短縮されるという結果も得られたが、炎症急性期、慢性期を比較して、どちらの反応がより顕著か、という結論を得ることはできなかった。
 今回の実験では、時間の都合から、炎症慢性期のラットには実験1を行わなかったが、設問の欄でも述べるように、慢性期のラットは、機械刺激に対する(痛覚刺激としての)感受性が急性期のラットよりも上昇しているのではないか、と考えた。
 さらに、今回の実験で、ラットの足の厚さを測定した。急性期のラットも慢性期のラットも、炎症を起こしている右足の方が厚くなっているが、炎症のない左足と比較すると、急性期のラットの方がより厚くなっていることがわかる。これは、炎症によって発生するプロスタグランジンなどの物質が、急性期ではより多く生じているため、と考えられる。プロスタグランジンは痛覚過敏を起こす要因の一つであるから、(詳細は設問で述べる。)そのことだけを考慮すれば、急性期のラットの方が過敏になるはずである。それにも関わらず、炎症慢性期のラットとの差が見られなかったのは、これも設問に詳述するが、慢性期のラットには神経線維の機械的変化が起きているからだ、と考えられるであろう。

5. 設問
@痛み刺激によって観察される反射の回路、痛みの伝達路を説明せよ。
 痛み刺激は自由神経終末によってなる侵害受容器で受容され、速い傷み(持続が短く刺すような鋭い痛み)を伝える細い有髄神経線維であるAδ線維と、遅い痛み(発現が遅く、持続が長く、灼けるような鈍い痛み)を伝える無髄神経線維であるC線維によって伝えられる。これらの線維を通った痛み刺激は脊髄後角に入力し、そこでシナプス結合を形成する。その後すぐに正中線を交差し、Aδ線維により伝達された刺激は腹側脊髄視床路によって、C線維によって伝達されたものは外側脊髄視床路によって、前側索を上行し視床に向かう。視床からの情報は大脳皮質中心後回の体性感覚野に伝えられ、痛覚として認知される。脊髄に入力しない顔面の痛覚情報は、三叉神経によって中枢に伝えられる。三叉神経脊髄路核に伝えられ、視床、大脳皮質体性感覚野(中心後回)の順に伝わって感覚として認知されるんである。
 反射は反射中枢が脊髄にある脊髄反射である。皮膚に由来する一次求心線維からの入力は介在ニューロンを介して、最終的には運動ニューロンに興奮性または抑制性の刺激を与えることによって反射が起こる。痛み刺激によって起こる反射では、痛みを感じた部位をその点から遠ざけるような運動を起こすように、反射が起こる。また、痛み刺激による反射としては、内臓の病変によって腹痛などが起こった時、無意識に周囲の筋を緊張させ、その部位を押さえたり、体を折り曲げたりして痛みをこらえようとする、筋性防御も含まれると考えられる。これは、内臓性感覚線維を求心路とし、体性運動神経を遠心路とする反射である。

A急性炎症に伴う痛覚過敏の発生機序を説明せよ。
 組織が損傷されるとしばらくの間痛覚過敏状態となる。閾値が低下し、自発性の、あるいは刺激により強い痛みが起こる。局所の感受性増大による第一次痛覚過敏と、その周囲の正常部位にまで起こり、中枢の侵害受容ニューロンの感受性増大を伴う第二次痛覚過敏に分けられる。急性炎症の場合に起こる痛覚過敏は、第一次痛覚過敏であると考えられる。
 炎症により発生するプロスタグランジンは、ブラジキニンという発痛物質の発痛作用を促進する。侵害受容線維には、強い機械刺激にのみ応答する線維(おもにAδ線維)、温度刺激に応答する線維、強い機械刺激と温度刺激に応答する線維、強い機械刺激、温度刺激、刺激性化学物質に応答する線維(多種侵害受容線維、おもにC線維)など、さまざまな線維がある。この中で、特に多種侵害受容線維では炎症により発生するプロスタグランジンによる刺激と、機械(もしくは熱)刺激とが加重をおこし、より小さい機械(または熱)刺激でも痛みを感じる、痛覚過敏の状態になるのではないかと考えられる。

B慢性炎症に伴う痛覚過敏の発生機序を考えてみよ。
 炎症が慢性的になると、脊髄などの神経線維に機械的な変化をもたらす。これによって起こる痛覚過敏が第二次痛覚過敏であると考えられる。
 正常な状態では、痛覚刺激を伝達するAδ、Cの両線維は、脊髄のRexedのU層、すなわち膠様質に入力し、触−圧覚刺激を伝える主要線維、Aβ線維は、V層以下に入力している。しかし、慢性の炎症では、Aβ線維が脊髄のU層に伸び出し、これが本来Aδ、C線維とシナプス結合している中枢神経と結合してしまって、触−圧刺激を痛覚刺激と認識してしまう仕組みが生まれる。
 このことを考慮すると、今回の痛覚過敏を調べる実験で行った、機械刺激と熱刺激を比較した際、炎症慢性期のラットの方が、炎症急性期のラットに比べ、機械刺激(触−圧覚)に対する過敏さが大きくなるのではないかと考えられる。

Cアロディニア、幻肢痛について。
アロディニア…非侵害刺激(人体にとって害をなさない程度の刺激)において痛みを誘発する状態のこと。実際は風が吹く、触れるなどの刺激でも痛いと感じる。帯状疱疹後神経痛などで起こる。
幻肢痛…既に失われた肢に痛みを受けたように感じること。感覚は、投射の法則に従うとされ、受容器から大脳皮質にいたる感覚経路のどこが刺激さえても、意識される感覚は常に受容器のある場所から生じたものとして感ずる。そのために、体肢切断者は、残存肢切断端に刺激を受けたり、切断された神経の関与する中枢経路になんらかの原因で興奮が生じたりすると、肢は既に失われているにもかかわらず、その肢に疼痛を感じる。

参考文献 生理学テキスト(大地陸男著、文光堂)
     標準生理学(本郷利憲ら編集、医学書院)


感覚実験結果

触覚
触−痛覚
痛覚
なし
母指球
55
45
0
0
42
57
1
0
72
4
0
24
78
17
2
3
88
6
6
0
85
13
2
0
70
12
3
15
平均
70.0
22.0
2.0
6.0

触覚
触−痛覚
痛覚
なし
母指指先
77
22
1
0
57
43
0
0
41
57
2
0
90
7
3
0
平均
66.25
32.25
1.5
0

触覚
触−痛覚
痛覚
なし
手背
46
50
4
0
10
87
3
0
42
58
0
0
53
37
8
2
86
8
2
4
82
18
0
0
平均
53.17
43.0
2.83
1.0

触覚
触−痛覚
痛覚
なし
27
51
22
0
31
68
1
0
57
10
0
33
78
8
4
10
平均
48.25
34.25
6.75
10.75

触覚
触−痛覚
痛覚
なし
腓腹
54
27
5
14
12
84
4
0
46
53
1
0
75
12
3
10
9
28
30
33
平均
39.2
40.8
8.6
11.4
前腕内側
81
15
4
0
上腕外側
60
32
5
3

ラットの実験1(機械刺激)
Aグループ
正常なラット
炎症急性期
炎症慢性期
平均
2.2
1.4
実施せず
標準偏差
0.98
0.49

Bグループ
正常なラット
炎症急性期
炎症慢性期
平均
32.8
12.8
15.0
標準偏差
13.6
4.4
7.0

ラットの実験(熱刺激)
Aグループ
正常なラット
炎症急性期
炎症慢性期
刺激強度
50
90
50
90
50
90
平均
5.04
2.50
2.40
1.53
2.09
2.04
標準偏差
0.99
0.52
0.32
0.64
0.24
0.29

Bグループ
正常なラット
炎症急性期
炎症慢性期
刺激強度
50
90
50
90
50
90
平均
5.76
3.12
4.62
2.24
3.28
2.16
標準偏差
0.30
0.27
0.46
0.40
0.50
0.52

Cグループ
正常なラット
炎症急性期
炎症慢性期
刺激強度
50
90
50
90
50
90
平均
4.70
3.27
2.42
1.86
2.12
1.92
標準偏差
0.76
0.88
1.07
0.34
0.68
0.28

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