細胞システム生理学実習レポート Z.平滑筋の収縮

実施日 平成14年10月18日(金)

1. 目的
 摘出したモルモット十二指腸および回腸を用いて、その収縮・弛緩に対する各種薬物の効果を検討し、消化管運動の制御機構について考察する。

2. 実験
(1) 十分に麻酔したモルモットの腹腔を開き、十二指腸と回腸を切り取った。
(2) 取りだした腸管はリンガー液に浸し、内容物を洗い出してから1cmほどの長さにした。
(3) 腸管を筋肉用標本槽に懸垂し、リンガー液に浸した。
実験1
(1) 十二指腸標本に1gを超えない程度の負荷をかけ、約20分間様子を見た。
(2) 薬物の入っていないリンガー液0.2mlを投与し、観察した。
(3) 洗浄後ノルアドレナリンを投与した。
(4) 洗浄、収縮回復後AChを最終濃度が100μMになるように投与した。
(5) 洗浄し、十分に回復してから1nM、10nM、100nM、1μM、10μM、100μMとなるように順次AChを投与した。
(6) 洗浄した後にアロトピンを最終濃度が0.1μMになるように投与し、様子を見た。
(7) 続けてAChを100nMと10μM、100μMになるように順次投与した。
(8) 洗浄後、30mMの 溶液を投与した。
(9) 洗浄後、リンガー液をCa-free溶液(リンガー液からカルシウムイオンを除いてキレート剤を投与)にかえ、AChを10μMになるように投与した。
(10)Ca-free溶液で洗浄後、30mMのカリウムイオン溶液を投与した。
(11)通常のリンガー液で洗浄後、もう一度AChを10μMになるように投与した。
(12)最後に通常のリンガー液で洗浄した。
実験2
(1) 回腸標本に1gを超えない程度の負荷をかけ、約20分間様子を見た。
(2) 薬物の入っていないリンガー液0.2mlを投与し、観察した。
(3) 洗浄後AChを最終濃度が100μMになるように投与した。
(4) 洗浄し、十分に回復してから1nM、10nM、100nM、1μM、10μM、100μMとなるように順次AChを投与した。
(5) 洗浄してからニコチンを10μMになるように投与した。
(6) 洗浄後テトロドトキシンを最終濃度が0.3μMになるように投与して様子を見た。
(7) 続いてニコチンを10μMになるように投与した。
(8) 洗浄して、アトロピンを最終濃度が0.2μMになるように投与した。
(9) 続いてニコチンを10μMになるように投与した。
(10)洗浄してからヒスタミンを10μMになるように投与した。
(11)洗浄後、テトロドトキシンを最終濃度が0.3μMになるように投与して様子を見た。
(12)それに続いて、ヒスタミンを10μMになるように投与した。
(13)洗浄し、セロトニンを最終濃度が10μMになるように投与した。

3. 結果
 前ページに示すような結果が得られた。
 AChの濃度と平滑筋の収縮についてまとめる。

ACh濃度
1nM
10nM
100nM
1μM
10μM
100μM
十二指腸の収縮幅
20
43
36
アトロピン投与後
15
39
回腸の収縮幅
31
36
38
30

注:収縮幅は目盛りの数で示す。グラフは省略。

4. 考察
 胃腸管平滑筋は交感神経と副交感神経により、二重かつ拮抗的に支配されている。(下表参照)

胃腸管平滑筋 交感神経 大内臓神経(T5〜9から)
小内臓神経(T10,11から)
最小内臓神経(T11,12、L1〜3から)
副交感神経 迷走神経(第10脳神経)
直腸平滑筋 交感神経 上腸間膜神経節、下腸間膜神経節を通る
T12、L1〜3からの神経線維
副交感神経 骨盤神経(S2〜4から)

 消化管平滑筋に対して、副交感神経はAChを放出して促進性に働く。
 AChが平滑筋細胞膜にあるムスカリン性ACh受容体に受容されると、その情報はGTP結合性蛋白に伝えられる。伝達物質が作用しない時は、G蛋白のαサブユニットにGDPが結合しており、ムスカリン性ACh受容体にAChが結合すると、ムスカリン性ACh受容体のG蛋白に対する親和性が上昇し、G蛋白に結合、αサブユニットでGDPとGTPの交換が起こり、αサブユニットはβγサブユニットと遊離して、ホスホリパーゼCを活性化する。活性化したホスホリパーゼC(PLC)はイノシトールリン脂質をイノシトール3リン酸(IP3)とジアシルグリセロールに分解する。
 生成されたイノシトール3リン酸はカルシウムを貯蔵している筋小胞体(カルシウムストア)の細胞膜にあるイノシトール3リン酸受容体、すなわちカルシウムイオン遊離チャネルに作用し、このオルガネラよりカルシウムイオンは細胞内に遊離される。(イノシトール3リン酸誘発性カルシウム放出、IICR)
 カルシウムイオンは、横紋筋ではトロポニン、トロポミオシン系がかけていた制御を除去する(トロポニンなどの制御蛋白を除けばカルシウムイオンなしでも強い収縮が起こる)のに対して、平滑筋では、収縮反応の真の活性化を起こす。(制御蛋白とカルシウムイオンの両方がそろって初めて強い収縮反応が起こる)
 今回の実験において、平滑筋にAChを投与すると、濃度を上げるに従って収縮幅が大きくなる様子が観察できた。これは、濃度を上げると、AChと結合するムスカリン受容体が増え、より大きな収縮力を生むためと考えられる。初めのうちは、AChの濃度と比例に近いかたちで収縮幅が増え、十分量のAChが投与されると次第に傾きが小さくなる。受容体のほとんどがAChと結合できるようになると、それ以上は収縮しなくなる。以上を片対数グラフとして表すと、ほぼS字状のグラフが得られる。
 実験においては、十二指腸、回腸共に、10mMでほぼ飽和している。またいずれの場合も、100mMでは10mMよりも収縮幅が下がっている。これは、10mMの時点で強力に収縮し、筋小胞体内のカルシウムイオンが大量に放出した影響ではないかと考えた。

5. 設問
@摘出した十二指腸に負荷をかけ、しばらく放置することによって小腸に自動収縮が起こることが確認された。
 胃や腸管の平滑筋などでは、slow waveと呼ばれる30mV程度の10秒くらいの持続を持った脱分極が毎分3〜5回ほどの頻度で自発的に発生し、その脱分極相に、活動電位が1〜数個乗る。slow waveは膜電位を一定に保ってもその頻度で自発的内向き電流が生じるため、活動電位とは全く異なる発生機序を持つ。これが、消化管平滑筋の自動収縮を担っており、受容体を阻害すると収縮力が弱まるものの、収縮の頻度が変わらないのもこのためである。
交感神経はその伝達物質、ノルアドレナリンを用いて腸管運動を抑制することが今回の実験1−(3)によって示された。
ノルアドレナリンが平滑筋細胞膜にあるβ1アドレナリン受容体に受容されると、その情報はGTP結合性蛋白(Gs)に伝えられる。するとこのG蛋白のαサブユニットのGDPがGTPと交換され、αサブユニットはβγサブユニットと遊離してアデニル酸シクラーゼ(AC)の活性を促進する。アデニル酸シクラーゼの活性が促進されると、ATPからのcAMP生産も促進されるので、cAMPによるプロテインキナーゼA(PKA)の活性も上昇する。
プロテインキナーゼAは、リン酸化によってカルシウムイオンチャネルを不活性化する役割がある。そのため、カルシウムイオンチャネルは閉じ、カルシウムイオンが流入しなくなるので、これを引き金にして起こるカルシウムストアからのカルシウムイオンの放出(カルシウム誘発性カルシウム放出、CICR)も起こらず、細胞内カルシウムイオン濃度は低下する。すると、カルシウムイオンによって活性化されていたミオシン軽鎖キナーゼが不活性化し、それによってリン酸化されていたミオシン軽鎖はホスファターゼにより脱リン酸化を受け、筋の弛緩が導かれる。

AAChはムスカリン受容体に結合し、平滑筋収縮を引き起こす。詳細な機序については考察で述べた。 アトロピンは、ムスカリン受容体を競合的に阻害する。ムスカリン受容体の重要性は上述の通りであるから、アトロピン投与後は筋が弛緩する。(筋電図が左に移動していることから)アトロピンを加えても収縮が止まるわけではないのは、設問@で述べた平滑筋の自動収縮によるものと考えられる。
アトロピンを投与した状態にAChを投与した実験が、前々ページ、赤色の濃度応答曲線である。アトロピンは競合的阻害剤であるので、まずアトロピン濃度≫ACh濃度の時、ムスカリン受容体のほとんどはアトロピンと結合しているため、AChはほとんど結合できず、効果を発揮できない。ACh濃度を増やしていくと、次第にアトロピンの阻害効果は薄れ、アトロピン濃度≪ACh濃度となるとアトロピンの影響はほとんど無視できるようになる。
 そのため、アトロピン存在下における筋収縮の濃度応答曲線は、本来の濃度応答曲線のS字型を右に平行移動したような形になり、筋収縮の最大幅は変化しないことが予想される。アトロピン存在下の筋収縮は3点しか測定していないが、ほぼ予想通りのグラフとなった。

B細胞外にカルシウムイオンがないと平滑筋は収縮できない。それにはいくつか原因があるが、まず、節後線維終末において、カルシウムイオンの外部からの流入がAChの開口放出を促す、という点である。細胞外液からカルシウムイオンを除くと、節後線維終末からのAChが分泌されなくなる。
第2に、AChが存在しても平滑筋は収縮できないことが実験1−(9)で示された。これは、ニューロンや骨格筋の活動電位の立ち上がり相がナトリウムイオン透過性の増大によって起こるのに対し、平滑筋の活動電位は多くの場合カルシウムイオンの透過性増大によって起こるからである。ACh刺激によってイオンチャネルが開いても、流入すべきカルシウムイオンが除かれているため、カルシウムイオンが流入せず、カルシウムストアも開かない。そのため、収縮は起こらない。
 また第3に、カルシウムイオンが存在しない状況では、高カリウム刺激によっても収縮は起きない(実験1−(10)より)。これは、脱分極が起きても、外部からカルシウムイオンが流入しなければカルシウムストアが開かない(CICRが起きない)ためである。
 平滑筋の自動収縮まで起こらなくなる、という点についてはその原因がよくわからなかった。設問@で述べたように、slow waveが平滑筋の自動収縮を起こしていると考えられるが、これも内向き電流である。ナトリウムイオン透過性よりもカルシウムイオン透過性によって脱分極(つまり内向き電流)が起こる平滑筋では、細胞外液からカルシウムイオンがなくなると、slow waveも発生できなくなるために、自動収縮もなくなるのではないかと考えた。
 ここで細胞外液を高カリウムイオン溶液とした場合の脱分極と筋収縮について述べておきたい。
 生体膜の静止膜電位は、最も透過性の高いイオンであるカリウムイオンの平衡電位とほぼ一致する。そのカリウムイオンの平衡電位は、ネルンストの式によって決定される。通常、細胞内のカリウムイオン濃度は約150mM、細胞外では約5mMである。しかし、細胞外のカリウムイオン濃度を上げると、ネルンストの式を計算してもわかるとおり、平衡電位は脱分極の方向に変化する。脱分極が起こると、電位依存性のカルシウムチャネルが活性化し、以下は前述の通りである。

C回腸の自動収縮に関しては、十二指腸ほどの規則性がなく、収縮幅も小さいことがわかる。また、AChへの応答も十二指腸ほど大きくない。ただ、もう一方のグループは収縮幅がほぼ一緒であった、ということであり、摘出から長時間たって実験を行ったため、筋肉がその間に弱まってしまったのかもしれない。
 また、収縮の頻度に関しては、回腸の方が大きいという結果が得られた。

Dニコチンはニコチン受容体に結合してこれを活性化する。ニコチン受容体はイオンチャネル型受容体であるから、活性化すると陽イオンを通すイオンチャネルが開孔する。平滑筋の受容体はムスカリン受容体が主で、ニコチン受容体はほとんど存在しないが、副交感神経節後線維の終末にはニコチン受容体が存在する。ニコチンが投与されると、この、節後線維の受容体に結合し、脱分極が起こる。
 その脱分極によって、電位依存性カルシウムイオンチャネルが開き、カルシウムイオンが流入すると、AChを包む小胞の開口放出が促進され、平滑筋にAChが放出される。このAChが平滑筋のムスカリン受容体に結合すると、上述した機序によって平滑筋の収縮が起こるのである。
 テトロドトキシン(TTX)はナトリウムイオンチャネルを選択的にブロックする阻害剤である。そのため、活動電位がカルシウムスパイクである平滑筋への直接的作用はほとんどない。そのため、平滑筋へ直接作用するヒスタミンでは、テトロドトキシンの阻害効果は全く見られない(2−(10)と2−(12)との比較、ヒスタミンの作用については設問Eで述べる)。
しかし、節後線維のナトリウム電流は遮断される。これにより、節後線維では(ニコチンで刺激を受けても、ナトリウムイオンが流入しないため)脱分極がほとんど起こらなくなり、電位依存性カルシウムチャネルも開かない。そのために、カルシウムイオンが流入せず、AChの開口放出も起こらないのである。

Eヒスタミン、セロトニンを投与すると、ニコチンやAChを加えた場合と同様、筋の収縮が起こった。それは、これらがいずれも消化管平滑筋に対して興奮性の伝達物質として働いているためである。
 ヒスタミンにはH1、H2の2種類の受容体がある。H1受容体はホスホリパーゼCを活性化して、イノシトール3リン酸を生成させる。H2受容体はcAMPを増加させる。H1受容体は内皮細胞などに、H2受容体は血管平滑筋などにある。確実な資料は見つけられなかったが、平滑筋にはH1受容体があり、イノシトール3リン酸の合成により、筋小胞体からのカルシウムイオン放出を起こすのではないかと考えられる。
 セロトニン受容体は、刺激を受けるとG蛋白を介してイノシトール3リン酸によるカルシウムイオン濃度上昇により収縮を起こす。


参考文献 生理学テキスト(大地陸男著、文光堂)
     標準生理学(本郷利憲ら編集、医学書院)

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