放射線基礎医学実習レポート(2)放射線防護

実施日 平成15年2月7日(金)

(1)非密封放射線同位元素の安全取り扱い
1. 目的
 放射線同位元素(RI)はトレーサーとして種々の利点を持ち、医学、理学、工学等の分野で広く使用されている。RIを取り扱う場合は、放射線被曝をできるだけ少なくすることが大切である。非密封のRIを取り扱うときは、体外からの被曝を防ぐために、距離、遮蔽、時間を考慮する以外に、RIによる人体や器物の汚染防止に努めなければならない。
 今回の実習では、32P-H3PO4溶液の希釈操作を通して、非密封RIの安全取り扱いを学ぶ。

2. 実験
(1) マイクロチューブ4本(@〜Cとする)に0.02N塩酸を400μlずつ入れた。
(2) マイクロチューブ@に32P-H3PO4原液200μlを入れ、静かにピペッティングした。
(3) マイクロチューブAにマイクロチューブ@の溶液200μlを入れ、静かにピペッティングした。
(4) マイクロチューブBにマイクロチューブAの溶液200μlを入れ、静かにピペッティングした。
(5) マイクロチューブCにマイクロチューブBの溶液200μlを入れ、静かにピペッティングした。
(6) 液体シンチレーションのバイヤル5個にそれぞれ、0.02N塩酸、マイクロチューブ@、A、B、Cの溶液200μlを入れた。
(7) バイヤルに液体シンチレーター5mlを入れ攪拌した。
(8) 液体シンチレーションカウンターで放射能を測定した。
(9) グラフの横軸に32P-H3PO4の量(Bq)、縦軸に放射能の計測値(cpm)をとり希釈が正しくなされているかを検討した。

3. 結果

リン酸の量(Bq) 放射能(cpm) 自然計数を除いた値
0(コントロール、自然計数) 62
91.36 2081 2019
274.07 6424 6362
822.22 18189 18123
2466.67 56052 55990

グラフは省略。傾きを計算すると、22.51±0.28であり、平均誤差は1.2%と低いので、希釈は正しくなされたと考えられる。


(2)β、γ線の遮断
1. 目的
 放射線や放射性同位元素を取り扱う場合には、多少なりとも放射線被曝を伴う。従ってこれら放射線の人体におよぼす危険性を常に念頭に置き被曝を最小限度にとどめるよう努力しなければならない。放射線被曝には体内被曝と体外被曝があり、防護を考える際にはこの両者に対する防護を考える必要がある。
 今回の実習は、そのうちの体外被曝の防護について学習する。

2. 序論
 ヒトに対する放射線の影響は確定的影響と確率的影響に分けられる。前者の発生には閾値線量が存在し、かなり大きな放射線被曝をしないと誘発されないので、通常の放射線同位元素を取り扱う実験では確率的影響はあまり問題にはならない。しかし、確率的影響の誘発は1個の細胞の変化に起因するので線量に閾値がない。従って被曝線量をできるだけ少なくするように心がける必要がある。体外被曝を防止する手段として、以下の3つが考えられる。
@  被曝時間を短くする。:線量率が一定なら、被曝線量は当然作業時間に比例するから、実験はできるだけ短時間ですむように計画し、作業すべきである。そのためにはその操作に十分習熟することが必要であり、線源なしで行う予備実験(コールドラン)を繰り返すとよい。
A  線源からの距離をとる。:放射線量は線源からの距離が大きくなれば小さくなる。X線、γ線の線源を点とみなしうる場合には、線量は線源からの距離の二乗にほぼ逆比例すると考えられる。実際には、空気や周囲に存在する物質による散乱線の分だけ増加し、空気の吸収分が減少するので、逆二乗則は厳密には成立しない。またα線やエネルギーの弱いβ線では、空気に吸収されるため、ある距離(最大飛程)以上離れると強度は0になる。放射性同位元素を取り扱う場合には、汚染の危険を防ぐという観点からも線源を直接素手で取り扱ってはならない。簡単なピンセットから、数メートルの長さのトングまでいろいろな用具があるので、あまり作業が困難にならない範囲でこれらを利用し、できるだけ距離をとって取り扱うべきである。溶液の取り扱いなどいろいろな化学操作を行うにあたっても、それぞれ距離をとるのに便利な器具があるので、これらを利用するようにし、自ら工夫すべきである。
B  線源と人間の間に遮蔽物を置く。:遮蔽による防護の効果はβ線では特に著しい。β線には最大飛程があり、例えばエネルギーが比較的強い32P(1.71MeV)の場合でも厚さ800mg/cm2以上のアルミ板で完全に遮蔽することができる。β線の遮蔽には金属よりプラスチック板(厚さ1〜1.5cm)が使用される。
 一方、γ線は非常に透過力が強く、エネルギーが大きいほど透過力は著しい。γ線の強度は遮蔽物の厚さとともに指数関数的に減少し、I=Io×e^(-μt)の式で表せる。ここでIoは入射前の放射能、Iは遮蔽物を通過後の放射能、tは遮蔽物の厚さ(mg/cm2)、μは質量吸収計数である。γ線の場合密度が大きい物質ほど遮蔽効果が大きいが単位面積あたりの質量で比べた質量吸収計数は物質によらずほぼ一定である。放射能を半分にする吸収体の厚さを半価層(HVL)といい、60Coのγ線(1.173、1.333MeV)は鉛で1.1〜1.3cm、鉄で1.8〜2.6cmである。エネルギーが比較的弱い131Iのγ線(0.364MeV)は鉛では0.3〜0.6cm、鉄で1.3〜1.6cmである。

3. 実験
(1) 線源の作製(今回の実習は作成された線源を受け取って開始した。)
@ 32Pの原液(3.7MBq/ml)10μlを試料皿の中心に滴下する。
A 赤外線乾燥ランプの下に試料皿を置き、乾燥させた後、ラッカーをのせて乾燥させる。
B 131Iについても同様にして線源を作製する。

(2) β線の最大飛程の測定
 32P
@ 32Pの線源をGMサーベイメーターの検出器の下にセットした。
A 吸収板のない状態で計数率を測定した。
B 厚さの異なるアルミの吸収板(No,10,12,15,16,17,18,19,20,21)を線源の上に置き、計数率を測定した。
C 自然計数(nb)を測定した。
D 片対数方眼紙の縦軸に計数率(n-nb)をとり、横軸にアルミの吸収板の厚さ(mg/cm2)をとって吸収曲線を作成し最大飛程を求めた。

(3) γ線の遮蔽
@ 131Iの線源をシンチレーションサーベイメーターの検出器の下に置いた。
A 吸収板のない状態で計数率を測定した。
B アルミの板を1〜20枚、線源の上に置き、計数率を測定した。
C 鉛の板を1〜10枚、線源の上に置き、計数率を測定した。
D 自然計数(nb)を測定した。
E 片対数方眼紙の縦軸に計数率(n-nb)をとり、横軸にアルミ、鉛の吸収板の厚さ(mg/cm2)をとって吸収曲線を作成した。
F グラフから半価層(放射能強度を1/2に減弱する厚さ)、質量吸収計数μを求めた。

4. 結果
(2)の結果

アルミ板の厚さ(mg/cm^2) 計数率(cpm) 自然計数を除いた値
自然計数 1.1
0 95 94
53.8 40 39
106 25 24
209 13 12
266 10 8.9
404 3.7 2.6
538 2 0.9
670 1.8 0.7
813 1.6 0.5
1080 1.6 0.5

(3)の結果(アルミ板、137 mg/cm^2)

遮蔽板枚数 計数率(μSv/h) 自然計数を除いた値 遮蔽板枚数 計数率(μSv/h) 自然計数を除いた値
 自然計数 0.08 10 0.64 0.56
0 0.72 0.64 11 0.64 0.56
1 0.7 0.62 12 0.63 0.55
2 0.68 0.6 13 0.63 0.55
3 0.68 0.6 14 0.62 0.54
4 0.67 0.59 15 0.61 0.53
5 0.68 0.6 16 0.6 0.52
6 0.65 0.57 17 0.59 0.51
7 0.65 0.57 18 0.58 0.5
8 0.64 0.56 19 0.58 0.5
9 0.65 0.57 20 0.59 0.51

(3)の結果(鉛板、1.14 g/cm^2)

遮蔽板枚数 計数率(μSv/h) 自然計数を除いた値 遮蔽板枚数 計数率(μSv/h) 自然計数を除いた値
 自然計数 0.08 5 0.25 0.17
0 0.72 0.64 6 0.21 0.13
1 0.56 0.48 7 0.18 0.1
2 0.48 0.4 8 0.16 0.08
3 0.36 0.28 9 0.13 0.05
4 0.32 0.24 10 0.13 0.05

グラフは省略。

以上の結果をもとにして、まず(2)ではβ線の最大飛程を求める。
 別紙からも分かるように、グラフは途中で傾きが小さくなり、ほぼ水平となっている。これは、自然計数(B.G.、今回の測定では1.1cpm)と制動放射線の影響が、線源からのβ線が弱まるほど大きくなるためである。
 今回は、計測値の傾きが緩やかになる直前から吸収曲線を延長し、その値がB.G.と同じになる点での吸収層の厚さを最大飛程とした。(グラフ参照)およそ700mg/cm^2である。ただ、今回の測定では測定計器の性質上、測定値に1%以上の誤差が含まれると思われる上、吸収曲線もなめらかなデータが得られなかったため、700mg/cm^2という最大飛程もある程度大きな誤差を含むと考えられる。
 次に、(3)の結果から半価層および質量吸収計数μを求める。
 序論に示した式から、得られたデータ(自然計数を引いた値)を遮蔽しなかった時の値(=0.64μSv/h)で割り、自然対数をとってμを算出した。
 得られた30(アルミ20、鉛10)のデータによる最適値は μ=0.156±0.012cm^2/gであり、この時の平均誤差率は7.69%、半価層は4.45g/cm^2(アルミなら1.65cm、鉛なら0.39cm)である。しかし、グラフを見ると、明らかにアルミによる遮蔽でのグラフの傾きと、鉛による遮蔽でのグラフの傾きとは異なっており、これを別々に計算すると、アルミで μ=0.118±0.010cm^2/g(平均誤差率8.47%、半価層5.87g/cm^2=2.17cm)、鉛で μ=0.231±0.004cm^2/g(平均誤差率1.73%、半価層3.00g/cm^2=0.27cm)と算出される。
 ただ、鉛とアルミで、厚さ(g/cm^2)が同じでも吸収率が異なる結果が出た原因については分からなかった。

5. 考察
 今回の実験ではβ線とγ線を取り扱った。ここでは放射線の種類について述べる。
 はじめに見つかった放射線は真空放電における陰極線(電子)であった。その後、レントゲンがX線(正体は電磁波)を発見、さらにベクレルがウランから出る放射線(後にこれが分類され、α線、β線、γ線と名付けられた。)を発見した。この後、放射線を出す物質は他にもたくさんあることが明らかになり、さらに、α線、β線、γ線の正体が、それぞれヘリウムの原子核、電子、電磁波であることもわかった。
 さらに時代が下り、陽子線、中性子線、重粒子線なども発見されるにいたって、物質、放射線と区分しても、その正体は同じで、前者は秩序だった集団を作っているのに対し、後者は単独で走っている、と理解されるようになった。これにより放射線は、(1)電磁波=光子線(電波、赤外線、可視光線、紫外線、X線、γ線など)、(2)荷電粒子線(電子線、重粒子線など)、(3)中性子線など、と大別されることも多くなった。
 次いで、放射線の単位について述べる。
 グレイ(Gy):被曝量(吸収線量)を物理的に測定する時の単位。物質1キログラムあたり1ジュールの時1グレイ。
 ラド(rad):吸収線量を物理的に測定する時の古い単位。1グレイ=100ラド。1gあたり1エルグ(erg、1000万分の1ジュール)の放射線エネルギーの吸収で、ヒトの46本の染色体DNAに10個の電離を生じるほど。1立方マイクロメートルあたり2つのOH・が発生。
 シーベルト(Sv):放射線防護の目的のために作られた単位。被曝量を人体影響の危険度を加味して計算する。
      1シーベルト=100レム(rem、古い単位)。
      α線    1グレイ=20シーベルト
      高速中性子 1グレイ=10シーベルト
      X線    1グレイ= 1シーベルト
 レントゲン(R):X線やγ線を空気に当てた時の電気発生量で測る時の単位。(古い単位、現在はクーロン/キログラム、C/kg)1レントゲン=9.1〜9.6ミリグレイ
 ベクレル(Bq):放射能の単位。毎秒1個放射性粒子を発射するのが1ベクレル。
 キュリー(Ci):放射能の古い単位。ラジウム1グラムの放射能にほぼ相当。1キュリー=3.7× ベクレル。
 最後に制動放射線について。
 原子の大きさをおよそ10兆倍に拡大すると、水素であれば原子核は直径1cmほどになる。そして、直径1mmにもならない電子は、半径500mほどの円周上を回る計算になるのである。このような原子がさらに大きな間隔をもって集合した物体の中を、β線(電子、直径1mm弱)がぶつかりもせず透過していくのは当然とも思える。
 しかし、いつも電子が物質中を透過してしまうわけではない。原子の近くを通る電子は、原子核の周囲を回る電子の一部をはじき出したり(電離)、エネルギーを与えたり(励起)したりする。
また、電子が原子核の近くを通過すると、原子核の持つ強い磁場の影響で制動され、その進路や速度が変化する。この時、制動によって失われたエネルギーが電磁波(連続X線、γ線)として放出される。この現象を制動放射という。またこの時放出される電磁波を制動放射線と呼ぶ。
さらに、電子と原子核が力をおよぼしあい、電子の方向だけが変わる場合もある。(原子核は電子に比べて質量が非常に大きいので動かない。)このような現象は弾性散乱と呼ばれる。
以上のような様々な現象が物質通過中に何度も起こり、次第にエネルギーを失った電子は、やがて全てのエネルギーを失って停止する。(吸収)

参考文献
 人は放射線になぜ弱いか 第3版  近藤宗平著 講談社ブルーバックス(1998)
 放射線と健康 舘野之男著  岩波新書(2001)

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