放射線基礎医学実習レポート(3)放射線生物学
(放射線による細胞のアポトーシス誘導)

実施日 平成15年1月17日(金)

1. 目的
 放射線の細胞に対する最も顕著な効果は細胞死の誘導である。今回の実習ではX線の照射により誘導される細胞死(アポトーシス)を理解する共に、その簡便な検出法を学ぶ。

2. 序論
 細胞は生体を構成する基本単位である。何種類かの細胞が集まって組織を構成し、組織同士の相互作用によりそれぞれの器官が機能している。放射線の生体に対する影響は、こうした相互作用を含めた生体全体への影響として理解されなければならないが、基本的には細胞に対する影響を反映している。
 放射線の細胞に対する影響の中で最も顕著なものは細胞死の誘導である。放射線治療は放射線によるがん細胞の細胞死を誘導することで成り立っており、また放射線の大量被曝による個体死は血球系や腸の幹細胞などの細胞死によってもたらされる。
 細胞死には形態的・生理学的に区別される2種類がある。傷害により直接的に細胞構造あるいは機能が破壊されて引き起こされる受動的な細胞死はネクローシス(necrosis:壊死)と呼ばれる。これに対し、損傷あるいは生理的な「死のシグナル」に応答して、細胞内の代謝反応の結果として引き起こされる能動的な細胞死はアポトーシス(apoptosis)と呼ばれている。アポトーシスを引き起こした細胞には、核の断片化、核内クロマチンの凝縮、細胞の分断化(アポトーシス小体の形成)などの形態的特徴が観察される。このような細胞のゲノムDNAをアガロースゲル電気泳動にかけると、180〜200塩基対の整数倍の長さのDNA断片が規則的に並んだ、いわゆる「DNAラダー(はしご状に並んだDNA断片)」が観察される。これはアポトーシスを引き起こした細胞内では、アポトーシス特異的に活性化されるDNA分解酵素がゲノムDNAをヌクレオソーム単位で切断するからである。
 今回の実習では、X線照射された細胞からゲノムDNAを調整した後、アガロースゲル電気泳動法で解析し、DNAラダーを検出することにより、X線照射が細胞のアポトーシスを引き起こすことを確認する。

3. 実験
@ FM3A(マウス乳癌由来の浮遊細胞)にX線を7Gy照射し、3日間培養した後に 個の細胞を遠心して集める。細胞をPBS(リン酸緩衝生理食塩水)に浮遊させ、洗浄した後、1mlのPBSに懸濁し、マイクロチューブに移す。(ここまで準備されたものを受け取った)
A 高速微量冷却遠心器で遠心(2,500rpm、5分間)した後、ピペットマンP-200を用いて上清を除いた。上清は廃液入れに捨てた。ピペットマンP-200を用いてLysis Buffer(脂肪酸を溶かす働き)を100μl加え、よく混ぜた後、氷中に10分間おいた。
B 遠心(15,000rpm、10分間、4℃)後、ピペットマンP-200を用いて上清を新たなマイクロチューブに移した。
C ピペットマンP-20を用いてRNase A溶液を4μl加え、よく混ぜた後37℃で30分間処理した。
D ピペットマンP-20を用いてProteinase K溶液を4μl加え、よく混ぜた後37℃で30分間処理した。
E ピペットマンP-20を用いて5M NaCl溶液(※アルコール沈殿に必要)を5μl加えよく混ぜた後、ピペットマンP-200を用いて120μlのイソプロパノールを加えよく混ぜた。その後、液体窒素で冷却した。
F 遠心(15,000rpm、10分間、4℃)後、ピペットマンP-200を用いて全ての上清を取り除いた。上清は廃液入れに捨てた。ピペットマンP-1000を用いて500μlの70%エタノールを加え、マイクロチューブのふたをして攪拌することにより沈殿(ゲノムDNA)を洗浄した。再び遠心(15,000rpm、5分間)し、ピペットマンP-200を用いて上清を完全に取り除いた。
G 沈殿を風乾させた後、TEを10μl加え、完全に溶解させ(DNA溶液)、電気泳動の試料とした。
H ピペットマンP-20を用いてDNA溶液に2μlのLoading Dyeを加え、よく混ぜた。
I ピペットマンP-20を用いてLoading Dyeの入ったDNA溶液10μlを取り、1.5%アガロースゲルのウェルに注意深く注ぎ込み、100Vで40分間電気泳動した。
J アガロースゲルをエチジウムブロマイド溶液で15分間処理した後、紫外線を照射してDNAを観察し、写真撮影を行った。

4. 結果
 撮影した写真は以下のようになった。8班の実験結果は左から12列目。(右から6列目)

左から1、6、10、14、17列目はマーカーで、下から100、200、…bp。2列目がX線照射を行わなかった細胞のDNA。3列目からマーカーを挟みながら1、2…9班の順。
5、8、9班のものは比較的はっきりと見られるが、400、600bpほどのところに白くなった帯が見られる。これは2列目のX線照射を行わなかったものでは見られず、これがX線照射により細胞がアポトーシスを起こして死んだためにできたDNAラダーではないかと考えられる。
それより上方に見られる白い部分は壊れていない(ラダーになっていない)DNA、下方に見られるものは取り除けなかったRNAであろうと考えられる。
この結果から、X線照射が細胞のアポトーシスを引き起こすことが確認された。

5. 設問
(1)アポトーシスとは何か
 真核多細胞生物の細胞は増殖、分化、老化などの複雑な生命現象を営む一方、自ら死ぬこともできる。これは、遺伝子レベルで巧みに制御された合目的的な生命現象の一つでもある。それは明らかに受動的な細胞膜機能破綻に始まり、炎症反応を伴ういわゆる壊死(ネクローシス)とは形態学的に区別されている。アポトーシスでは、細胞が萎縮・断片化し、細胞表面層の変化、細胞質の凝集、しばしば核の凝集・断片化を伴うのが特徴であり、内容物は放出されない。アポトーシスによって死につつある細胞は、貪食細胞(マクロファージ)にとらえられ、飲み込まれる。(これに対し壊死は、細胞が膨張して破裂し、内容物が放出されて細胞質の小器官が破壊されるのが特徴である。)
 壊死は、細胞が生きられないような重い障害あるいは環境の激変などに出会った結果起こるもので、受動的死と言えるのに対して、アポトーシスは細胞内外の状況を自主的に判断し、選んだ死、すなわち積極的死と言える。このアポトーシス機構は発生から個体形成、さらに形態機能維持、細胞老化から果ては個体死に至る一生の様々な舞台で生命維持のためにも不可欠な現象といえる。単細胞生物にはアポトーシスがないことから、多細胞生物での生命維持には不可欠と考えられる。
 個体の発生から死に至る生理現象で様々な細胞死が観察される。発生過程での器官形態形成では、遺伝子でプログラムされた細胞死が必須である。これはプログラム細胞死と呼ばれる。(オタマジャクシから尻尾が消える、など)これは正常な発達に必須とされている。個体の生命維持や組織や器官の形態機能維持のために細胞死は発動され、成人個体においては異常になったり、不要になった細胞の生体からの除去に必要とされる。正常細胞の交代、血球や盛んな細胞交代がある消化管上皮や皮膚では最もよく観察されている。一方、実質臓器では細胞分裂が稀であるため、アポトーシスの起こる頻度も少ないと考えられる。当然のことながら、様々な疾病やその治療に伴う異常細胞出現に対してもよく細胞死は観察される。
 ヒトの場合、受精卵の50パーセントは胎児に発達できずに、胚発達の途中で死んでしまう。これは、自然発生する染色体の異常を鋭敏に察知し、細胞がアポトーシスを起こした結果であり、実際に初期胚の自然流産では、そのほとんどに染色体異常が見つかる。マウスの実験においても、初期胚の段階で放射線を照射しても、胎内死亡率が上昇するが、奇形の発生率は上昇しない。しかし、細胞のアポトーシスを誘発するp53を欠損させたマウスで同様の放射線照射を行って比較実験を行うと、胎内死:奇形:正常の比が、欠損のないもので6:2:2(2割の奇形発生率は放射線を照射しないものと同じ)、欠損させたもので1:7:2となるという。つまりp53は、アポトーシスを誘発することにより、奇形の発生を防いでいると言えるのである。
 個体を構成する全ての細胞はアポトーシスのための自爆装置を内蔵しており、発生の途中で一時的にできる不要細胞や、修復不可能なほどにDNAに傷を受けた細胞はその自爆装置のスイッチを押すのである。この機構は個体の正常な発達と健康の維持には不可欠であるが、過剰や不足により、しばしば病気の原因ともなる。

(2)アポトーシスを起こしている細胞内では生化学的には何が起こっているか
(3)アポトーシスを起こしている細胞の染色体DNAはどのような機構で切断されるか
 これらの機構は一連の過程であるので、一緒に述べる。
 アポトーシスはその誘導および抑制システムのバランスの上に巧みな遺伝子制御を受けている。その分子機構は外界からの様々なシグナルの(主に細胞膜上での)センサーシステム、細胞内のシグナル伝達、核内転写因子による遺伝子発現を介し、最終的にはアポトーシスの生化学的実行システムにより活性化される。
 細胞は外界の状況により、おのおの異なる分子を介して生存システムと死のシステムのバランスを保っている。アポトーシスを起こす場合には、最終的に細胞は遺伝子が切断され、全ての機能を失って、マクロファージによる貪食などにより消失する。
 アポトーシスには二通りの経路がある。ひとつは、即時型自爆過程といわれ、未修復のままのDNA2本鎖切断をp53タンパク質四量体が認識(認識した2本鎖切断が1つでも以下の過程が起こる)→ミトコンドリアを刺激→ミトコンドリア内のチトクロムcが放出→自爆装置の中枢、潜在型カスパーゼタンパク質群の活性化→活性型カスパーゼタンパク質分解酵素が細胞質内の枢要な構造物の構成タンパク質を分断、内部解体→CADタンパク質(DNA分解酵素)が解放され、細胞核内に侵入してクロマチンDNAを整然と分断(〜160ヌクレオチドの長さ=DNAラダー)。という過程をとる。
 もう一つは遅延型自爆過程で、多くのアポトーシスはこの過程によると考えられている。DNA損傷をDNA-PKが認識し、自らを活性化→p53タンパク質活性化→活性型p53タンパクが転写因子として様々なタンパク質の増産、減産を誘導→それらのタンパク質の1つがミトコンドリアを刺激→ミトコンドリアがオキシダント放出→カスパーゼの活性化→…(以下同じ)。という過程をとる。
 ここに出てくるカスパーゼは、タンパク質分解酵素集団で、特定タンパク質の特定アミノ酸配列を認識し、その配列の決まった場所だけを切る。すなわち、細胞膜、細胞骨格、核などの構築物の要所に使用されている特定のタンパク質を一斉に解体することによって、主要構築物を一度に内部解体させ、細胞を殺すのである。これらは10種類以上が発見されているが、平時には多重抑制がなされている。

6. 考察
 放射線を照射すると細胞の増殖率が鈍る。(次ページに模式的なグラフを示す)
 これは放射線によって遺伝子に傷害を受けた細胞が上記(2.序論、5.設問)で述べた機序によってアポトーシスを起こすためであると考えられる。今回の実習では、実際にマウスの乳癌由来の浮遊細胞にX線を照射し、培養してから、DNAを取り出し、電気泳動を行って正常のものと比較することにより、X線照射後の細胞がアポトーシスを多く起こすことを確認した。今回の実習ではDNAラダーの存在をその根拠としたが、DNAラダーはアポトーシス以外では見られない、という特徴を持つ反面、これが見られないからといってアポトーシスが起こっていない、ということを意味しているわけではない、という点で注意を要する。CADタンパク質を操作して、DNAを切断できないようにしても、細胞はアポトーシスを起こす。(当然DNA切断は起こらない)つまり、DNA切断はアポトーシス細胞の死因とはならないのである。
 実際の生体内でのアポトーシスについて。中枢神経の中でも脳の神経細胞ではアポトーシスが頻発していると考えられる。また、内分泌支配を受ける臓器ではよく、ホルモン低下による臓器萎縮が見られるが、この時にアポトーシスが発現していると考えられている。免疫系ではアポトーシスがよく研究されており、種々の場面でアポトーシスが重要な役割を果たしている。(主に自己認識する免疫細胞を排除するメカニズム、細胞傷害性のTリンパ球によるガン細胞やウイルス感染細胞の排除のメカニズムに関係)
 アポトーシスのシステムは、神経細胞や内分泌免疫系などを司る細胞の機能維持など、生命現象に重要な役割を果たしている。そのため、その異常による疾患は多岐にわたる。(がん、免疫疾患、感染症、神経疾患、内分泌疾患など)
 がん:分化した細胞がアポトーシスから逸脱した結果、増殖能を獲得した異常細胞と考えられている。
免疫疾患:自己反応性T細胞はアポトーシスにより除去されるが、除去されずに末梢に出現すると、さまざまな自己免疫疾患を引き起こす。
感染症:(特にウイルス感染)感染細胞はアポトーシスにより死滅する。
神経疾患:脳の虚血後の神経細胞は、グルタミン酸の放出、細胞内カルシウムイオンの上昇により一酸化窒素産生を起こして細胞死に至る。アルツハイマー病などの変性による細胞死と脳萎縮も注目されている。その中心的役割を果たしているのはアミロイドタンパク質と考えられている。
内分泌疾患:ホルモン欠乏による標準臓器の萎縮にアポトーシスが関与している。ステロイドホルモンによる免疫抑制作用として、胸腺細胞のアポトーシスがよく知られている。

参考文献
 人は放射線になぜ弱いか 第3版  近藤宗平著 講談社ブルーバックス(1998)
 医科生化学  毎田徹夫ら編 講談社サイエンティフィック(2000)

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