実施日 平成15年1月24日(金)
1. 目的
全身に放射線被曝をすると身体を構成する種々の臓器・組織が損傷を受ける。損傷の程度は被爆線量、線量率に依存する。放射線感受性は組織により異なる。
実習ではマウスにX線全身照射を行い、1週間後のマウスの各臓器を観察することにより、X線被曝で生じる放射線障害(急性障害)を学ぶ。また臓器による放射線感受性の違いや、放射線障害の線量依存性についても理解する。
2. 序論
放射線障害
分類 | 急性障害 | 晩発障害 |
特徴 | 各臓器に線量に応じた障害 全身大量被曝の場合は個体死 |
急性障害がなくても起こる可能性がある |
時期 | 被曝後2、3ヶ月以内 | 被曝後数年〜数十年 |
放射線感受性は組織・臓器により異なり、一般に造血組織のような細胞増殖が盛んな組織ほど高い。
今回の実習ではマウスに2Gy、4Gyの全身照射を行い、胸腺、脾臓、腎臓を摘出してその重量を測定、その変化から放射線障害について学ぶ。マウスはヒトよりも放射線に対して強く、ヒトの全身照射時の半致死線量は4Gyであるが、マウスでは6〜8Gyほどである。
3. 実験
6週齢のオスマウス(ICR)を用い、1Gy/mimで2または4GyのX線を照射した。
1週間後、0Gy(対照群、control)、4Gyを照射したマウスをそれぞれ1匹ずつ実験に用いた。
まずマウスをクロロホルム入りの瓶に入れ、安楽死させた。
次にこのマウスの体重を測定した。
マウスを解剖し、胸腺、脾臓、腎臓を摘出してシャーレ内の生理的食塩水に浸した。
各臓器の水分を軽く取ってから、天秤で重量を測定した。
時間に余裕があったため、もう1匹、0Gyを照射したマウス(対照群、control)を同様の手順で解剖した。
4. 結果
データの傾向を正確に把握するため、他の各班の結果を集計し、その平均値で各臓器の重量を示す。(単位:g)
(斑ごとの詳細はレポート末に掲載)
0Gy照射 (15匹) | 2Gy照射(5匹) | 4Gy照射 (5匹) | |
体重(body weight) | 33.4 | 34 | 34.3 |
胸腺(thymus) | 0.0718(0.215) | 0.0544(0.160) | 0.0305(0.089) |
脾臓(spleen) | 0.1002(0.300) | 0.0715(0.210) | 0.0452(0.132) |
右腎臓(rt. kidney) | 0.3687(1.103) | 0.3706(1.089) | 0.3915(1.140) |
左腎臓(lt. kidney) | 0.3518(1.053) | 0.3537(1.039) | 0.3857(1.123) |
※ 胸腺、脾臓、腎臓のデータ内の( )内は体重に占める割合。(%)
以上の結果を見ると、放射線に感受性の臓器と非感受性の臓器がはっきりと区別できる。体重に占める各臓器の割合で見ると、胸腺、脾臓は照射された放射線の量が多いほどその割合が減る(放射線に感受性である)のに対し、腎臓は左右とも、その質量に(胸腺、脾臓と比較して)有意な変化は認められない(放射線に非感受性である)。
また、胸腺と脾臓との感受性に相違があるかについても考えてみたが、以下の表にも示したとおり、0、2、4Gyの3段階の実験では、相違があると考えられる結果は得られなかった。
上記データの0Gyでの体重比を100パーセントとした時の、体重比の割合(%)
0Gy照射 | 2Gy照射 | 4Gy照射 | |
胸腺(thymus) | 100 | 74.4 | 41.4 |
脾臓(spleen) | 100 | 70 | 44 |
5. 考察
(1)放射線の急性障害(ヒトの場合)
被曝直後から2日ほどの間、前兆期の最も特徴的な症状である吐き気、嘔吐がみられる。
その後、約10日間の潜伏期(無症状)を経て、2〜10週目にかけて骨髄減少期となる。これは白血球や血小板が減少するためにつけられた名前である。被曝後1ヶ月ほどで白血球は最低値となり、この時期は特に感染症が起こりやすい。また、血小板が最低になる時期(4週目〜1ヶ月ほど)には出血が多発する。
マウスの実験においては、半致死量の被曝をしたマウスでも、骨髄を移植すればほとんどが生き残ることが分かっており、放射線の影響による死では、血球生産機能の障害が致命的となることが多い、ということがわかる。
(2)細胞分裂と放射線感受性
細胞はM期(有糸分裂期)、G1期、S期(DNA合成期)、G2期の4つの段階を経て分裂する。そして、この間には放射線に弱い時期と強い時期とがあることが、実験によって確かめられている。具体的には、S期の直前とG2末期が放射線に高感受性の時期であり、逆に分裂後、DNA合成を開始するまでの間の細胞(G1期)は放射線に非常に強い。分裂をしない細胞はG1期の途中にあるため、分裂期の細胞が放射線に弱い、といえるであろう。
放射線を照射されると、細胞内のDNAに傷がつく。ある程度傷がついても、生体にはそれを修復する機構があるし、分裂をしない細胞はそのまま機能を果たすこともできる。しかし分裂期の細胞は、DNAに傷があるとそこで分裂を停止したり、傷が大きいとみなした場合は細胞にアポトーシスを起こさせたりする。また、それでも分裂が起こると、それは受けた傷が多くの細胞に広がることを意味する。
(3)組織、細胞ごとの細胞分裂頻度の違い
増殖期の細胞が放射線に高感受性である。つまり、放射線を浴びた際に影響を受けやすいのは細胞分裂が盛んな臓器、ということになる。実質臓器の多く、肝臓や腎臓などの構成細胞は分化が進んでおり、ほとんど分裂をしない(多くの細胞がG1期にある)ため、放射線に対しては低感受性である。
一方で、放射線に高感受性である細胞としては、血球細胞、精子細胞などがあげられる。
まず血球細胞であるが、これらは、未分化な全分化能幹細胞と呼ばれる少数の細胞から、次々に分裂して、赤血球だけでも毎秒200万個もの新血球が生産されている。1つの幹細胞は、4000個もの赤血球になるとされ、これには13回ほどの分裂が必要である。また、白血球の一種である顆粒球は、1つの幹細胞が1万個にもなる。
(2)でみてきたように、分裂細胞は放射線に弱い。そのため、放射線を浴びると、白血球の分裂は様々な段階で停止してしまう。成熟白血球は分裂を停止していて放射線に強いため、血中白血球数はすぐには減少しない。しかし、成熟過程の白血球は減るため、数日後から1ヶ月ほどの間白血球の減少が見られる。止血に重要な役割を果たす血小板もほぼ同様の経過を示す。
赤血球も同様に減少するはずであるが、赤血球の減少は白血球ほど顕著ではない。これは、赤血球の寿命が約120日と比較的長いためで、赤血球の前駆細胞である網赤血球では減少が見られる。
少数の幹細胞から多くの細胞ができるものとして、血球細胞の他に精子細胞が上げられる。精子細胞の幹細胞である精原細胞は、1つの細胞が1万個以上の精子に分裂する。(分裂は14回以上必要)さらに、精子細胞には血球細胞よりも放射線に弱い条件がある。そのひとつが減数分裂を行うことであり、もうひとつは、精子は生殖細胞であるため、少しでもDNAに傷がつくと、すぐにアポトーシスの機構が働く、ということである。このため、男性の精細胞は、最も放射線に弱いと言える。
細胞のターンオーバーが早い、という点では血球細胞と表皮細胞は似ている。表皮の最下層(真皮との境、基底細胞層)には幹細胞が存在し、これが盛んに細胞分裂して表面に押し出されていくのである。しかし、皮膚では、外界に露出する角質細胞の一定範囲を、複数の幹細胞が共同で支持している。そのため、血球や精細胞のように分化細胞数が減少する事態は発生せず、放射線にも比較的強い。分裂中の細胞は放射線以外の刺激にも弱いが、消化管の上皮も含む上皮組織は、絶えず外界からの影響を受ける。そのため、これら表皮組織では、幹細胞の比率が高くなっており、これらの細胞が少々減っても、十分に対応できるようになっているのである。
(4)脾臓と胸腺
脾臓と胸腺は共にリンパ性器官である。
脾臓の内部には赤血球や好中球、リンパ球などの血球が多く存在している。血液が通り抜ける過程で、老化した赤血球を主とする老廃細胞や、血中の細菌、異物を脾臓内のマクロファージが処理する、という血管系の免疫学的な濾過器として働いている。また、循環血流量の調節や、血球の生成能をも持ち合わせており、人においても白脾髄はリンパ球産生に重要である。(魚類、両生類などの下等な動物では、脾臓は終生最も重要な造血器であるが、高等動物になると造血機能の主体は骨髄へ移る。)
胸腺はリンパ性器官の中枢的な立場にある(一次リンパ性器官)。骨髄由来のTリンパ球前駆細胞が胸腺の皮質に侵入し、そこで活発に分裂増殖を繰り返しながら髄質に移動、成熟Tリンパ球となって脈管系に送り出される。そのため胸腺は、Tリンパ球を成熟させるための教育機関といえる。
以上のように、いずれの臓器も、血球と密接な関わりを持ち、特にリンパ球の産生、分化に大きな役割を果たしている。これまで述べてきたように、血球細胞、特に白血球は放射線照射を受けた後の減少が顕著であり、これを考え合わせると、今回の実習で胸腺、脾臓の重量が大きく低下したのは、その内部にある、増殖、分化途上の白血球(幹細胞)が分裂を停止したり、DNA修復の限界を超えてアポトーシスを起こしたりしたためであると考えられる。
各班のマウスのデータ
0Gy照射(未照射)マウス(コントロール、15匹)
斑
|
体重(body weight)
|
胸腺(thymus)
|
脾臓(spleen)
|
右腎臓(rt. kidney)
|
左腎臓(lt. kidney)
|
1
|
28.5
|
0.0508
|
0.0838
|
0.2825
|
0.2617
|
1
|
33.2
|
0.0816
|
0.0850
|
0.3659
|
0.3878
|
2
|
29.7
|
0.0570
|
0.0699
|
0.3388
|
0.2764
|
3
|
35.0
|
0.0558
|
0.1173
|
0.3477
|
0.3224
|
3
|
35.5
|
0.0885
|
0.0992
|
0.3939
|
0.3978
|
4
|
35.5
|
0.0807
|
0.1024
|
0.3662
|
0.3575
|
5
|
29.5
|
0.0655
|
0.0986
|
0.3762
|
0.3730
|
6
|
29.3
|
0.0708
|
0.0902
|
0.2867
|
0.2857
|
6
|
36.4
|
0.1170
|
0.0989
|
0.4718
|
0.4083
|
7
|
36.3
|
0.0603
|
0.1125
|
0.4599
|
0.4124
|
7
|
35.0
|
0.0671
|
0.0932
|
0.3613
|
0.3551
|
8
|
35.1
|
0.1012
|
0.0991
|
0.3391
|
0.3271
|
8
|
35.6
|
0.0915
|
0.1045
|
0.4374
|
0.4340
|
9
|
35.4
|
0.0544
|
0.1258
|
0.3975
|
0.3870
|
9
|
31.3
|
0.0349
|
0.1223
|
0.3050
|
0.2914
|
平均
|
33.4
|
0.0718
|
0.1002
|
0.3687
|
0.3518
|
標準偏差
|
2.80
|
0.0209
|
0.0146
|
0.0552
|
0.0530
|
体重比(%)
|
0.215
|
0.300
|
1.103
|
1.053
|
2Gy照射マウス(5匹)
斑
|
体重(body weight)
|
胸腺(thymus)
|
脾臓(spleen)
|
右腎臓(rt. kidney)
|
左腎臓(lt. kidney)
|
1
|
35.2
|
0.0406
|
0.0687
|
0.3867
|
0.3539
|
2
|
35.1
|
0.0663
|
0.0731
|
0.4215
|
0.3970
|
3
|
33.1
|
0.0581
|
0.0615
|
0.3339
|
0.3193
|
4
|
34.4
|
0.0682
|
0.0672
|
0.4112
|
0.3984
|
5
|
32.4
|
0.0386
|
0.0869
|
0.2995
|
0.2999
|
平均
|
34.0
|
0.0544
|
0.0715
|
0.3706
|
0.3537
|
標準偏差
|
1.11
|
0.0125
|
0.00856
|
0.0467
|
0.0399
|
体重比(%)
|
0.160
|
0.210
|
1.089
|
1.039
|
4Gy照射マウス(5匹)
斑
|
体重(body weight)
|
胸腺(thymus)
|
脾臓(spleen)
|
右腎臓(rt. kidney)
|
左腎臓(lt. kidney)
|
5 |
36.3
|
0.0224
|
0.0460
|
0.4602
|
0.3866
|
6
|
32.2
|
0.0435
|
0.0406
|
0.3580
|
0.3477
|
7
|
34.9
|
0.0264
|
0.0566
|
0.3614
|
0.4250
|
8
|
34.6
|
0.0323
|
0.0460
|
0.4210
|
0.4060
|
9
|
33.7
|
0.0279
|
0.0369
|
0.3568
|
0.3632
|
平均
|
34.3
|
0.0305
|
0.0452
|
0.3915
|
0.3857
|
標準偏差
|
1.36
|
0.00723
|
0.00665
|
0.0420
|
0.0280
|
体重比(%)
|
0.089
|
0.132
|
1.140
|
1.123
|
参考文献
人は放射線になぜ弱いか 第3版 近藤宗平著 講談社ブルーバックス(1998)
放射線と健康 舘野之男著 岩波新書(2001)
入門組織学 牛木辰男著 南江堂(1989)
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