臨床検査医学 授業ノート

Kimland氏提供 先輩のノートも参考にしつつ作成

1.臨床検査医学とは    
臨床検査とは診断を科学的、客観的に行うことを目的としている。

病気の診断にはいろいろな情報が使われる。患者の見た目の状態(視診)、インタビュー(問診)、聴診・触診などの理学的診断、といった医師が直接得られる情報とならんで、病理検査による顕微診断など間接的な情報があるが、からだの状態を科学的に測る「臨床検査」は診断のための間接的な情報源として20世紀になって、生化学が発達したことに伴って登場した。1970年代以降は特にその重要性が高まっている。かつて臨床検査は医師自らが行っていたが、現在では検査部が独立して分業体制を敷いている病院も多くある。それだけに、医師はデータを的確に読み取る能力が要求される。

臨床検査の結果は、患者個別的に診断、予後の判定、経過観察、スクリーニングに使われる。乳児などでは全数検査が行われ、先天性疾患の増悪予防に用いられる(フェニルケトン尿症の例が有名)。病理検査、特に生検biopsyでは苦痛を伴うことが多いが、臨床検査で用いる検体は尿、血液、便、唾液などで、採取の際の苦痛が少ないのが最大のメリットである。

先に述べたように近年では検査部が独立して分業体制を敷いていることが多いため、検体を採取した際には本人との関係がきちんとわかるようにしておかなければならない。検体を入れた容器には、患者名、性別、年齢はもちろんのこと、検査指示内容と指示した医師の名前、検体項目、検体の種類、採取時刻、未治療・経過観察の別を記入する。特記事項として、患者の状態が極端な場合にはそれも記入しておくべきである。

医師自らが検査を行っていた頃は、検体採取直後に検査が行えていたが、現在の体制では検体が検査部に届き、検査が行われるまでのタイムラグが不可避的に発生する。しかも臨床検査で用いる検体はきわめて経時的な変化が大きいものばかりであるので、検体の保存に気を配らなければならない。検体によっては冷蔵が必要なものもあるし、同じ血液検査でも全血検査と血清検査では保存条件が異なる。

コンピュータの画面上に検査結果が標準値とともに表示され、あまりにも標準とかけ離れた値については異なった色で目を引くなど、便利な環境が整ってきてはいるが、やはり医師は検査項目のそれぞれについて標準値を知っておくべきであるし、生理的変化、年齢・性別・人種・周期的変化・妊娠などによる変化、食事・運動・嗜好品・服用する薬などによる値のぶれの範囲も考慮できなければならない。一般に、これらによるバイアスを避けるために、午前中の早い時間、できれば朝食前に検体の採取が行われることが多い。

※ 生理的変化:(例)コルチゾールは朝高く、夜低い
※ 年齢による変化:ALP(アルカリフォスファターゼ)、Hb
※ 人種による変化:黒人は顆粒球が少なく、クレアチンキナーゼ(CK)値が高い。
東洋人はアミラーゼの活性が高い。
 ※性別による変化:性ホルモン

結果を解釈する上で、正確さ、精密さ(ばらつきがないか)、感度、特異度(下に詳しく述べる)が要求される。また、「標準値」というものに対して誤解があるとおかしなことになる。標準値とは正規分布において、平均値±(2×標準偏差)のことを指し、被験者の95.5%が示す値の範囲内、ということに過ぎない。標準値を外れているからといって病気であるとは限らないし(生理的な変化の範囲内であったり、妊娠などの特殊な状態にあるのかもしれない)、逆に標準値の範囲内にあるからといって異常ではないとも言い切れないのである。正常と異常との問に絶対的な境界線はない。患者本人の検査データの変化(生理的変動)がより重要であり、さらに患者から得られる直接的な情報や病理診断、他の検査項目などと見合わせながら診断を下さなければならない。

※ 感度(sensetivity)と特異度(specificity)について
ある疾患で100%陽性の結果が得られ、その疾患が無い、あるいは健常者では100%陰性の結果が得られる検査があれば、診断は100%確実に付けることができるが、残念ながらそのような検査法は無いと言ったほうが良い。そこで、それぞれの検査には偽陽性、すなわち疾患が無いのに陽性の結果が出てしまう、あるいは偽陰性つまり
疾患があるのに陰性の結果が出ることがあることをまず理解しなければならない。
疾患のある人で検査結果が陽性に出る割合を感度という。(感度)=1−(偽陰性率)であり、その疾患を持つ患者さんで検査を行うと陽性の結果が得られる確率である。
疾患のない人で検査結果が陰性に出る割合を特異度という。(特異度)=1−(偽陽性率)である。従って、感度が高く特異度が高い検査ほど有用な検査であると言える。

  疾患あり 疾患なし
検査結果陽性 真陽性 偽陽性
検査結果陰性 偽陰性 真陰性

検査法の感度 Sensitibity
 その疾患のある患者さんのどれくらいの割合で陽性の結果が得られるか。
 Sensitibity=真陽性/(真陽性+偽陰性)=1−偽陰性率(偽陰性/真陽性+偽陰性)

検査法の特異度 Specificity
 その疾患のない人で何パーセント陰性の結果が得られるか。
 Specificity=真陰性/(偽陽性+真陰性)=1−偽陽性率(偽陽性/偽陽性+真陰性)

さてそうなると、どのような検査を選べばよいか、よい検査とは何か、ということが問題になる。ある特定の状態や疾病について感度と特異性の高い検査がよい検査であり、そういうものを選べばよい、ということになるが、1つだけでパーフェクトという検査は存在しない。いくつかの項目を組み合わせて診断材料とすべきである。

2.尿の臨床検査

ネフロンの構成と役割
・ 糸球体…濾過作用。血漿蛋白質は濾過されない(アルブミンより分子量が小さいもの(<68000)は濾過)。
・ 近位尿細管…Na+、Cl−、H2O、低分子ペプチド、アミノ酸、グルコース、尿素などの再吸収。
・ ヘンレのワナ…下行脚→H2Oを再吸収(尿濃縮)。
          上行脚→Na+、Cl−を再吸収。
・ 遠位尿細管…Na+、H2Oを再吸収。
          微調整(ホルモンの作用による)→Vasopressin(H2Oの調節)、Aldosterone(Na+の調節)
          K+、NH3(NH4+)を管腔へ分泌。

腎機能
・ 老廃物の排出
・ 血液・細胞外液の量・組成の調節
・ ホルモンの産生…レニン(血圧に関与。低下→腎性高血圧)
            エリスロポエチン(赤血球産生に関与。低下→腎性貧血)
            カルシトリオール(ビタミンD代謝に関与。低下→腎性骨粗鬆症)

検査項目として、量、pH、比重、糖、蛋白、沈渣の有無がある。
・量
1日約2リットル程度が標準値である。1日の尿の量は24時間蓄尿で測る。腎不全によって尿量減少、尿崩症によって極端な尿量増加が起きる。また量と比重との間には一定の(逆)相関がある。

・pH
標準は6.0前後の弱酸性だが、生理的な状況であっても尿のpHは4.5〜8.0の範囲を大きく変動する。たとえば食後、胃酸として大量のプロトンが消化管内へと失われ、バランスをとるために重炭酸イオンが尿中に分泌される。この際にはpH=8.0に達する(食後アルカリ尿)。睡眠中は呼吸が抑制されるために軽いアシドーシスになっており、起床直後の尿はかなり酸性に傾いている。偏食はアシドーシス(肉食)やアルカローシス(菜食)の原因となり、これによっても尿のpHは大きく影響を受ける。
病的な状態としては尿細管でのプロトンの分泌ができないためのアシドーシスがあり、この場合は逆にアルカリ尿となる。尿路感染においても細菌が尿素を分解してアンモニアを生じるためアルカリ尿となる。
尿のpHは放置すると大きく変動しやすい(炭酸ガスが抜けてアルカリ性に傾く)ので採取後直ちに測る必要があるが、現在は簡便な検査紙があるので医師が自分で行うことも多い。

・比重(浸透圧)
標準値は1.010(約300mmHg)〜1.035(約1300mmHg)であるが、通常1.025(約850mmHg)以上を正常とする。若年者では高く、加齢に従って低下する。これは腎機能の低下とリンクしている。
比重が小さくなる疾病…尿崩症:尿細管Aquqpolin(H2O透過性の高い膜タンパク質)の異常
           腎機能不全(糸球体腎炎、腎孟腎炎、尿細管の機能不全を伴う疾病)
比重が大きくなる疾病…糖尿病、副腎機能不全、肝障害(蛋白の混入)、うっ血性心不全

・糖
尿糖は正常では存在しないか、食後に少量認められる程度である。2.0g/dl(糖尿病:0.25〜2.0g/dl)が限界値とされる。180g/dlを超える血中グルコース濃度では近位尿細管におけるグルコースの再吸収の限度を超えるため、尿中にグルコースが排泄される。

・蛋白
健康な人ではほとんど0で、1日あたり150mg以下である。糸球体に障害がある場合、つまり糸球体がザル状となっている場合、ひどい場合には40gもの蛋白が尿中に失われることもある。尿蛋白の多くはアルブミンであり、重症になるとグロブリンが見られるようになる。尿細管に障害がある場合も蛋白が出るが、この場合の蛋白漏出量は1日あたり1g以下と少ない。

・尿沈渣
尿沈渣を調べる場合は、遠心後に上澄みを捨て、残りを浮遊させて検鏡する。正常でも尿沈渣は存在し、その成分はわずかな尿酸の結晶、剥落した尿細管上皮などである。尿細管系で尿の鬱滞が起こると、沈殿が形成されて固化が起きたのちに押し出され、ネフロンの形をした沈渣となって尿中に認められる。これを尿円柱といい、ネフローゼで特に多く形成される。時に白血球や赤血球、感染細菌の分泌物などを含んでいることがある。尿細管上皮の中にヘモジデリンが認められるときは、溶血が起こっていることを示す(次項に詳述)。

代表的な尿円柱 
腎盂腎炎…顆粒円柱、WBC円柱
糸球体腎炎…RBC円柱
ネフローゼ症候群…脂肪円柱

・血尿・赤色尿
一般には、赤い尿が出ると「血尿が出た」と言うが、臨検では赤血球が含まれるものだけを血尿と称する。尿1000に対して血液が1の割合で混入すると肉眼的に赤色を呈し、検鏡では1視野に数個の赤血球が見られる(正常でも数視野に1個程度の赤血球が混入している)。血尿では赤血球の形の鑑別が重要である。きれいな形をしていれば尿路における出血が、変形していれば糸球体における出血が疑われる。血尿の原因として、小児では糸球体腎炎や尿路感染症、成人男性では感染や腫瘍、障害によるものが多い。成人女性では感染や結石によるものが多いが、単なる月経血の混入のこともあるので、注意が必要である。
赤色尿は、赤血球ではなくヘモグロビンやミオグロビンが混入しているために赤色を呈しているものをいい、ヘモグロビンの混入の理由としては溶血性貧血や激しい運動が挙げられる。ミオグロビンは外傷による筋肉の損傷(挫滅症候群)の際にしばしば混入する。ヘモグロビンとミオグロビンの違いは、血中に流れ出たヘモグロビンはハプトグロビンに結合して代謝経路へ移されるので、かなり多量にならないと尿中へは出てこない。またたとえ原尿中に出てきても、ある程度までは尿細管上皮が貪食する。貪食されたヘモグロビンは尿細管上皮細胞内にヘモジデリンとなって溜まり、新陳代謝による剥落で尿沈渣の中に認められる。しかしミオグロビンは血中に特別な結合蛋白もなければ尿細管上皮による貪食も受けないので、容易に尿中へと出てくる。

・ 尿路感染症
 尿路感染症の診断も尿検査で可能である。原因は一般に不潔であるが、尿道は完全に無菌なのではなく常在菌が存在しており、出し始めのものではこれらの常在菌が混入してしまうので用いない(中間尿)。厳密な場合には、挿管採尿を行う。感染の有無の指標として白血球のエステラーゼ活性や亜硝酸量を測定する。両方とも高値を示せば尿路感染症が疑われる。感染症状がはなはだしい場合には直接、遠心後検鏡して白血球や細菌を証明する。尿を培養して菌種を特定することも行われる。
 また、外部の菌の混在を避けるため、尿を採取したらすぐに検査を行わなければならない。

3.(1)血液の臨床検査
尿は条件でさまざまに変わるのに対して、血液はホメオスタシスが奏効していればほぼ一定の状態に保たれている。異常な値も見つけやすい。採取には少しの苦痛が伴うものの、そうした意味で、検体としての血液の有用性は高い。血液検査によって、グルコース、ピルビン酸、脂質、リポ蛋白、電解質などの成分量・比や体内の酵素活性などがわかる。酵素の中でも特に逸脱酵素と呼ばれる酵素が重要である。臓器に特異的な酵素が、その臓器の生理的代謝や異常のために血中へ流出したものが逸脱酵素であり、健常者の血液の中からも微量が検出されるが、臓器異常では血中に大量に流れ込むことから、臓器特異的な診断をする上でよく用いられる。これについては「3.(2)酵素の測定」で詳しく述べる。

検査では、全血を使用する場合、血漿(固体成分(血球)を除いたもの)のみを使用する場合、血清(血漿から凝固素:フィブリノーゲンなどを除いたもの)を使用する場合に分かれる。臨床検査において最も多く用いられるのは取り扱いの簡単な血清である。正確な診断を期するならば流血に最も成分の近い血漿を用いたほうがよいのだが、現在の診断技術では困難が多くあまり用いられない。

・全血の採取と検査
血液は一般に、抗凝固剤を用いて採取する。血球数の計測、白血球の分類などを行いたい場合には静脈血であるが、血液ガス分析(酸素濃度)や電解質分析の場合には動脈血を用いなければならない。
ここで用いられる抗凝固剤はヘパリン(凝固因子]の不活化)、クエン酸、EDTA(Ca2+のキレート)であるが、検査の種類によって抗凝固剤の適応がある。DNA分析を行いたい場合、高分子蛋白であるヘパリンが混入するとデータが狂う。電解質分析を行う場合にはキレータを使ってはならない。ヘパリンナトリウム塩ももちろん不適当である。凝固系分析を行う場合には成分を変化させないクエン酸がよいし、血球数計測ではEDTAが薦められる。酵素活性の検査では、アルカリフォスファターゼ(ALP)、ガンマグルタミルトランスペプチダーゼ(γGT)の活性に2価陽イオンが必須であるため、抗凝固剤によって活性が落ちることを考慮しなければならない。
ガス分析の場合には、採血の際には空気を通す可能性のあるプラスチックのチューブは使えず、必ずガラス注射器で採血し、直ちに測定に移らなければならない。

・血漿の採取と検査
現在では凝固検査に用いることが多い。血液と0.105M(または0.129M)クエン酸溶液(pH=5.5)を9:1(pH=7.1〜7.4)で混合して採血を行い、遠心によって血漿のみを取り出す。遊離のクエン酸が生じると固まりにくい血液であるという判定が出てしまうので、この量比は厳密に守らなければならない。
血漿は体内の状況を正確に反映している上、検査の待ち時間も少なく収量が多いため、成分の分析には最も理想的であるはずだが、凝固系の関係でなかなか正確な分析はできない。正確に測定できる技術が待たれる。なお免疫検査はフィブリノーゲンと非特異反応を起こしてしまうので不可である。

・血清の採取と検査
血清は取り扱いが容易で成分が安定しているので臨床検査では最も多く用いられている。血清分離剤を入れたチューブで採血し、その血液を室温で30分放置したのち遠心した上澄みが血清である。遠心が終わったら直ちに血清を採取しないとつぶれた血球成分からカリウムイオン、LDH、酵素が遊離してきて値が狂う。
血清は、全血から血球成分と凝固系を除いたものであるが、30分放置の影響で成分はかなり変化する。フィブリノゲンとグルコースが減っているし、カリウムやLDH、無機リン酸やアンモニアが遊離されて増えている。しかしガンマグロブリンなど分子量の小さな蛋白や各種の酵素の活性はあまり変化しないまま保たれているので、以下に述べる酵素活性の測定に用いることに、さしたる問題はない。

※血漿と血清の比較
                血漿   血清
フィブリノーゲン        +++ > −
血小板                >
グルコース              >
K+、LDH(乳酸脱水素酵素)      <
Pi、アンモニア            <
抗凝固剤            必要   不要


3.(2)酵素活性の測定
血液(血清)検査でよく調べられる酵素はアルカリフォスファターゼ(ALP)、ロイシンアミノペプチダーゼ(LAP)、γグルタミルトランスペプチダーゼ(γGT、γGTP、GGTPなどと略される)、アミラーゼ(AMY)、コリンエステラーゼ(ChE)、クレアチンキナーゼ(CK)、トランスアミナーゼ(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)およびアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)がある)、乳酸脱水素酵素(LD、
LDH)、リパーゼなどである。以下でその詳細について述べる。なお、授業で紹介された標準値はどの検査法によるものか不明であり、検査法により異なるので暗記する意義は薄いと考えられる。

※逸脱酵素について
 障害のある組織から組織特異的に逸脱してくる酵素のことであり、血中に含まれる特定の酵素を測定することで、体内の障害部位が推定できる。さらに厳密に言えば、同じ名前で呼ばれる酵素であっても、産生される臓器によってその構造や活性が微妙に異なっており、それらをアイソザイムと呼ぶ。これを利用すれば、疾患臓器を特定することができる。

・アルカリフォスファターゼ(ALP)
アルカリ条件下でリン酸モノエステルを加水分解する酵素(至適pH≧9.8)で、115〜359IU/lが標準値とされるが、個体差が非常に激しい。無機リン酸の供給や骨代謝に関係している。細胞膜に結合している。日周変動はあまり大きくない。低年齢者、癌患者(特に骨肉腫、骨髄腫)、30週以降の妊婦(胎盤由来)では高い値をとるが、低いことはそれほどない。また血液型でも異なり、B型とO型では比較的高い値をとる。ALPの活性にはZn2+が必須であり、EDTA、クエン酸採血をすると、Zn2+がキレートされて極端に活性が下がるため、値が低下する。NaF、F−はEnolase(解糖系の酵素の一つ)の阻害剤でALPの活性も低下させるので注意が必要である。室内に長時間放置すると、特に高脂血症患者の血清では活性が上昇する。これら以外で特に保存に気を使うことはない。

ALP値が上昇する疾病…胆道系疾患(胆道がん、胆道結石、膵乳頭がん)
           胆汁うっ滞(肝炎、薬剤性肝障害)
           肝硬変
           骨代謝→悪性腫瘍の骨転移、骨形成疾患、骨肉腫、骨折
           甲状腺機能亢進・副甲状腺機能亢進
           悪性腫瘍
ALP値が低下する疾病…遺伝性低ALP血症

生理的に高値になる場合…成長期の小児、幼児(成長期の子供では成人の値の2倍程度)
            妊娠(胎盤性ALP↑、特に30週以降)
            B型、O型、分泌型の人の食後
            薬剤による誘導
            リチウム投与(統合失調症の治療)
            IgがALPなど血中の酵素に結合→代謝されない
生理的に低値になる場合…薬剤による阻害
            Zn2+欠乏(高カロリー輸液)
            Ig結合型

また、ALPが高い値を示すときには、ロイシンアミノペプチダーゼ(LAP)、γグルタミルトランスペプチダーゼ(γGT)の検査結果を併せて考慮すると正確性が増す。LAPは胆汁うっ滞、薬物中毒、妊娠の際に値が上昇する。γGTは腎尿細管、腸絨毛、肝で産生され、これが高値を示す場合には肝疾患が疑われる。アルコールでも誘導される。
ALP↑、LAP↑、γGT→…妊娠
ALP↑、LAP↑、γGT↑…肝障害
ALP↑、LAP→     …骨由来ALP、小腸由来ALP

肝障害の場合、さらに詳細を調べるにはアイソザイムと黄疸の有無を考慮する。
ALP1、黄疸(+)…胆石などの肝外閉塞
ALP1、黄疸(−)…転移肝がん、肝内閉塞
ALP1(−)、黄疸(−)…薬物による肝障害
参考までに、ALPの6種類のアイソザイムの特徴を下表に示す。

アイソザイム 産生臓器 疑われる疾患
ALP1 肝、胆道系 膜結合型、閉塞性黄疸
ALP2 肝・毛細胆管 健常者にも多い・細胆管炎
ALP3 骨、骨芽細胞 骨肉腫、骨髄腫およびそれらの転移
ALP4 胎盤 妊娠・肺癌・卵巣癌
ALP5 小腸 食事後(B型・O型の人)
ALP6 Ig結合型 特になし

・アミラーゼ(AMY)
α結合の多糖類(デンプン)を二糖類・三糖類へと分解する。膵疾患に特異的であると考えられたが、全身性外傷、ショックでも上昇する。アイソザイムには、膵臓由来のP型、顎下腺・卵管由来のS型の2種類があり、分子量が異なるため電気泳動で容易に分離できる。標準値は50〜160単位/lである。膵実質の破壊、膵管・総胆管の閉塞→逆流、腸管障害による再吸収増加のためにP型が遊離する。唾液腺の病変、子宮外妊娠破裂、全身性外傷、ショック、激痛、呼吸不全、肺癌、肝障害によってS型が遊離するが、その機序が顎下腺と卵管以外の病変では不明なものが多い。

P型上昇…膵炎(数値が桁違いに上がることがある)
     マクロアミラーゼ(Igとアミラーゼ結合し、腎で代謝されなくなる。治療不要)
     慢性腎不全(濾過機能低下で代謝できなくなる)
P型低下…慢性膵炎(膵機能低下による膵管閉塞)
S型上昇…手術、ストレス、耳下腺炎
S型低下…新生児、乳幼児

・コリンエステラーゼ(ChE)
コリンエステラーゼはアシルコリンを加水分解してコリンとカルボン酸にする。これには二種類あり、アセチルコリンに特異性の高いアセチルコリンエステラーゼ(AChE)と、それ以外のアシルコリンも幅広く分解する非特異的ChEに分けられる。AChEは神経筋接合部、赤血球、胎盤に主に分布し、非特異的ChEは肝、脾、膵、消化管、脂肪組織など体内に広く分布する。
臨床検査では非特異的ChEを測定する。標準値は107〜233単位/l。一般に新生児が高い。肝機能の指標となるが、個体差が大きく測定限界を下回る人もいる。個体差が大きいことから、その人本来の値を知っておかねばならない。活性にはCa2+が必須であり、EDTA、クエン酸採血をしてはならない。

ChEが上昇する疾病…ネフローゼ症候群、甲状腺機能亢進、脂肪肝、肥満
          遺伝的に高い場合があり、この場合、麻酔が効きにくい
ChEが低下する疾病…肝障害、全身性消耗性疾患、有機リン系農薬中毒
          遺伝的に低い場合があり、麻酔の際に筋抑制によって呼吸停止に至ることがある


・クレアチンキナーゼ(CK)
クレアチンフォスフォキナーゼ(CPK)と呼ばれていたが、最近は単純にクレアチンキナーゼという(一般にリン酸化酵素をキナーゼと呼ぶ)。すべての種類の筋および脳に存在し、二量体を形成している。サブユニットにはM(筋肉)型とB(脳)型があるので、CK‐MM(骨格筋由来:94%)、CK‐MB(心筋由来:5%)、CK‐BB(脳由来:1%)の三型が存在し、アイソザイム診断が行われる。また、クレアチンキナーゼの量は筋量に比例するので、男性では多く(62〜289単位/l)、女性では比較的少ない(45〜163単位/l)。新生児では相対的にCK‐MB、CK‐MMの値が高い。

CKが上昇する疾病
CK‐MM…外傷、筋肉痛、手術など筋肉への機械的ダメージ
CK‐MB…心筋梗塞(全CKの5%以上を占めると疑われる)、重症筋無力症、筋ジストロフィー、
    甲状腺機能低下
CK‐BB…脳への機械的ダメージ(通常は血液‐脳関門の存在により血中には見られない)

・トランスアミナーゼ
ピリドキサルリン酸(PLP)が補酵素である。トランスアミナーゼまたはアミノトランスフェラーゼは何種類かあるが、臨検で重要視されるのはアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST、旧GOT)とアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT、旧GPT)である。ASTはアスパラギン酸(とオキサロ酢酸)からグルタミン(とαケトグルタル酸)を、ALTはアラニン(とピルビン酸)からグルタミン(とαケトグルタル酸)を作り、いずれの活性にもピリドキサル酸が必要である。ASTの局在は心、肝、骨格筋、腎、膵、脾であり、ALTは肝、腎、心にあるが圧倒的に肝臓が多いので、肝臓特異的な酵素と考えられている。
ASTの標準値は30単位/l以下、ALTの標準値は25単位/l以下である。少なすぎる例というのはあまりない(長期間にわたって人工透析を受けている患者でみられる)。運動によっていずれも50程度まで上昇することがある。ASTが増加しているときには、心疾患、肝臓・胆道系の疾患、筋肉疾患、溶血性疾患が疑われる。ALTが増加しているときはもっぱら肝臓疾患と考えてよい。特に急性肝炎では両者が500以上に及ぶ。ASTが'100〜500、ALTが100以下では慢性肝障害が疑われる。

・乳酸脱水素酵素(LD、LDH:生化学分野で)
すべての細胞が持ち、解糖系の最後に位置している。4量体を形成し、サブユニットにはH(心筋)型とM(骨格筋)型があるので、5種類のアイソザイムが存在することになる。標準値は100〜220単位/lとされるが、測定法によってかなりの差が出る。サブタイプは普通、H4、H3M、H2M2、HM3、M4の順に少なくなるというスペクトルを描くが、その量比の異常も疾患の判定に有用である。
癌細胞は解糖系の活性が著しく上がるので、血中にさまざまなサブタイプのLDが認められる。その他、アイソザイムの種類によって以下の疾患を疑う。
H4、H3M…心筋梗塞、溶血性貧血、腫瘍
H3M、H2M2…筋ジストロフィー、筋炎、膠原病、白血病、肺がん、胃がん
M4…急性膵炎、肝細胞がん

・リパーゼ…今年の授業では扱われなかったようですが、参考までに。
全身にさまざまなフォスフォリパーゼが分布しているが、臨検の検査対象となるのは膵リパーゼで、膵臓のダメージを測るマーカーとして使われる。測定法によって著しく標準値が異なる。急性膵炎では著名な上昇をみるが、慢性膵炎や膵臓癌ではそれほど有意な上昇が現われない場合もある。

4.遺伝子診断
PCR法を用いて、DNA、RNAを増幅して解析する。きわめて特異的な診断ができる。感染症(ウイルス、細菌)の検査、分子病などの単一遺伝子の異常の検査、疾病の遺伝的背景・多因子病の薬物効果の遺伝的背景の調査などに用いられる。解析にはインフォームドコンセントが必要である。微量の検体(検体についてはプリント10ページを参照)で検査が可能であり、ほとんどの場合、血液(2cc程度)を用いる。ただし、ヘパリンはポリメラーゼ活性を阻害するので、ヘパリン採血は不適である。他に、口腔粘膜や髄液などでも可能であり、犯罪捜査においては髪の毛がよく用いられる。この場合、DNAを含みさえすればよく(DNase、RNaseを含まぬことが条件)、DNAの検査が目的の場合、感染症検査でなければいつ行っても結果に影響はない。
具体的に、最初から疑いをもって行われる検査では、PCR-RFLP、PCR-SSCPが用いられ、それ以外では直接塩基配列決定、mRNA逆転写PCR法などが用いられる。
※RFLP(制限酵素断片長多形)は制限酵素で切断し、多形によってその断片の長さが異なることを利用した検査法である。
※SSCP(一本鎖DNA構造多形)は熱変性によって二本鎖DNAを一本鎖にしたあと急冷すると、塩基配列に依存して特有の二次構造をとる。異なる塩基配列を持つものは二次構造も異なり、ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行うと異なった移動度を示す。このことを利用して多形を検出する。

ウイルス感染症、細菌感染症で、感染病原体を特定する際には強力である。遺伝子に組み込まれた状態のプロウイルスも検出できるし、特に結核菌の検出は遺伝子診断によって劇的に速くなった。ただし、弱点として死菌か生菌かが判別できないことが挙げられる。細菌の診断では、菌種の特定後にさらにもう少し詳しい診断をすると、薬剤感受性・耐性が判定できる。
癌や先天異常を検出する際にも用いられる。これらにおいても治療法と直接結びついた診断ができる。癌細胞についても、薬剤耐性を知るのに有用である。
他の留意点として、フィブリンに巻き込まれる可能性が高いので抗凝固剤は十分に加えること、RNAは分解されやすい(RNaseは検体に混じやすい)のでタンパク変性剤を用いることなどがある。

5.ミトコンドリア
・ ミトコンドリアDNA
 共生の過程で徐々に核のDNAに移行し、ミトコンドリアDNAは減っていっている。2種のrRNA、22種のmRNA、13種のタンパク質をコードしており、タンパク質はすべて電子伝達系に関わっている。

・ミトコンドリア病
「ミトコンドリア機能を一時的に主因とする病態」と定義される。狭義では「電子伝達系の異常による病気」とも定義される。ミトコンドリア病が初めて報告されたのは1962年のことである(Luft病:多汗、体重減少、易疲労)。電子は流れるが、ATPが作れない、つまりEnergy leakの状態にあると考えればよい。1988年にはミトコンドリアDNA異常による病気の存在が初めて報告された。その後の研究で、ミトコンドリア病のうちミトコンドリアDNA異常によるものが90%以上であり、最初に報告されたLuft病は核DNA異常によるものであると分かった。今ではミトコンドリアDNA異常による病気が300以上報告されている。以下にミトコンドリアDNA病について述べる。

◎ミトコンドリア病の特徴
@高乳酸血症
電子伝達系の異常により、NADHをNAD+にできなくなり、解糖系のある段階が進まなくなる。代償として、ピルビン酸を乳酸にすることでNADHをNAD+にして解糖系をまわす。このため血中に乳酸が増える。
Aheteroplasmy
1細胞中に正常ミトコンドリアDNAと異常ミトコンドリアDNAが混在している状態←→homoplasmy
変異率がある一定の率を超えた場合にミトコンドリアの機能異常がもたらされることを閾値効果と呼ぶ。例えば、変異率とATP合成との間にこの関係が成り立つ。
B母系遺伝
 核遺伝子によって形成された卵子細胞質の特性によって形質が受け継がれることである。しかし、父親の細胞の細胞質は、受精の際、精子の核のみが卵に入るので、子には伝わらない。
 卵細胞において、一度細胞あたりのミトコンドリアの減少が起こる。すると、「一時的に集団の個体数が減少すると、ヘテロ接合度(遺伝的変異)が減少し、他集団からの新個体の移住や、突然変異の蓄積などによって多様性が回復するまで長い時間がかかる」というボトルネック効果のおかげで、蓄積された変異が淘汰され次の世代に伝わりにくくなり、ホモプラスミーかが起こる。

◎ミトコンドリア病の症状
組織的なheteroplasmyにより、組織特異的な症状が起こる。特にエネルギー消費が大きく、分化しない神経・筋肉に症状が出やすく、ミトコンドリア脳筋症とも呼ばれる。特に筋肉はRagged red fiber(赤色ぼろ線維)と呼ばれる特徴的な組織像を示す。この名前は、筋線維内のミトコンドリアが巨大化し、さらにその数が増加し、増加したミトコンドリアはGomoriトリクローム変法という染色で赤染し、少しボロボロした感じを与えることから名づけられた。

◎ミトコンドリア病の診断
主としてミトコンドリアの形態異常により診断。活性染色(コンプレクスWの活性低下、コンプレクスUの活性亢進)、遺伝子診断(PCR)を行うこともある。


・ 活性酸素
 活性酸素とはO2が部分還元されたもの。その中で反応性が最も大きいのはヒドロキシラジカルである。
 ミトコンドリアの電子伝達系(32ATP)は解糖系(2ATP)よりも効率がよい。酸素は反応性が高く、これを用いる電子伝達系においては必然的に活性酸素が発生する。電子伝達系における電子の流れが滞ると、多くの電子がもれ、活性酸素の産生量が増加する。また、真核細胞では活性酸素の産生場所(=ミトコンドリア)と遺伝情報とを分かつことができており、DNAと活性酸素とが直接触れることがないようになっている。参考までに、活性酸素に直接触れるミトコンドリアDNAは100〜1000倍変化速度が速い。活性酸素によるミトコンドリアDNAの障害は加齢とともに蓄積していく。

〜以下、具体的な病気は今年の講義では扱っていませんが過去問にあるので参考までに〜
・糖尿病
糖尿病が、ミトコンドリアの異常と関係の深い疾病として見直され、そのイメージが大きく変わりつつある。糖尿病の原因はインスリン分泌の相対的低下であり、実際にインスリン分泌が低下するものとインスリンに対する感受性の低下するものに分けられることはご存知のとおり。その本態は高血糖症であり、これ自体は何の白覚症状もなく、数年の経過で種々のおもに末梢血管の障害へと発展し、四肢末端の壊死や腎不全、脳障害、心不全、視覚障害などをおこして死期が早まる。
インスリンは、膵β細胞からのみ分泌される。膵β細胞はGLUT2(グルコース運搬体)を発現しており、GLUT2を通じてグルコースが取り込まれ、解糖系・TCA回路を通じてATPが産生されると、ATP感受性Kチャネルが閉じ、膜電位が上昇する。その刺激で膜電位依存性Caチャネルが開口し、インスリンの入った小胞がエクソサイトーシスによって細胞外へ放出される。というのがこれまでの説明であったが、カルシウム放出にはミトコンドリアを含むもう一つの系が関係していることがわかった。

β細胞の特徴として、次のようなものが挙げられる。
1)GLUT2のグルコースに対する親和性が、他のGLUTに比べて低い。
2)解糖系の律速酵素であるグルコキナーゼのグルコース親和性も他の細胞に比べて低い。
これらの特徴は、インスリンの過剰放出を抑え、グルコース濃度に応じてインスリンの分泌が行われる上で重要である。
3)乳酸デヒドロゲナーゼの活性も非常に低い。従って乳酸が産生されることはほとんどない。

ATPを産生するのはもちろんβ細胞のミトコンドリア膜の電子伝達系であるが、電子伝達系に最初に入るのはNADHであり、ミトコンドリアマトリックスはNADHの供給源として働いていると考えてよい。さてNADはミトコンドリア内でサイクリックADP−リボース(cADPR)となり、次いでADP−リボースになるが、これらの変化の両方を触媒するのがCD38と呼ばれる多機能酵素で、cADPRからADPRへの活性はATPによって阻害される。cADPRには小胞体から貯蔵されたカルシウムを放出させるという機能があることが最近になって分かってきた。すなわち、ミトコンドリア内のATPの上昇は、先ほど述べたCaチャネルの開口のほか、ATPによってCD38の後者の活性が阻害されるためにcADPRが増加し、小胞体からのCaの放出を生むわけである。
電子伝達系は絶え間なく酸化的リン酸化を行っており、活性酸素が放出されているが、精神的ストレス、不健康な生活、特定の食品の摂取などにより、電子伝達系の活性の異常上昇によっても、また障害されることによっても活性酸素が増加することが知られている。活性酸素増加によって活性化されるのがポリADPリボースポリメラーゼ(PARP)という酵素で、NADを基質としてポリADPを作る(何のためかは分からない)。これによってNADが枯渇し、cADPRを作れなくなるので、細胞内のCa濃度が十分に上がりきれなくなる。NADはまた、解糖系においてグリセルアルデヒドリン酸から1,3−ビスフォスフォグリセリン酸への過程で水素の受容体として働いている(NADHが生成)が、通常はピルビン酸から乳酸への過程でNADHが再び酸化されてNADとなるわけだが、あいにくβ細胞では乳酸デヒドロゲナーゼの活性が低い。こうなってくると、インスリンは放出されない、NADは枯渇する、解糖系も障害される、という悪循環が始まってしまう。
さて、高血糖症によってどのようにして血管内皮が傷害されるのであろうか。それには4つの機序がある。
1)polyol経路
2)AGE(Advanced Glycation End Product)
3)PKC↑
4)ヘキソサミン

1)は、大過剰のグルコースを処理するための経路であり、アルドースリダクターゼによりグルコースがソルビトールヘと変換されるが、このときにNADPHがNADPになる反応が起こり、NADPは抗酸化系の主要物質であるグルタチオンを酸化してNADPHへと還元される。さらにソルビトールがフルクトースに変換されるときもNADを利用するので、NADはますます枯渇する。
2)同じく大過剰のグルコースの存在下で、一部がグルコース3リン酸となり、開裂してメチルグリオキサールヘと変換される。これがさまざまな蛋白に結合してその活性を低下させたり、逆に血管内皮のPAH(プラスミノゲン活性化酵素阻害酵素)の活性を高めて線溶系の機能を低下させ、血栓を恒久化させてしまう。
3)グルコースの過剰とNADの枯渇のため、グリセルアルデヒドリン酸が蓄積し始める。グリセルアルデヒドリン酸はイソメラーゼによってジヒドロキシアセトンリン酸へと変換され、ここから「医科生化学」p.111の経路でジアシルグリセロールが合成される。ジアシルグリセロールはプロテインキナーゼCを活性化させる(イノシトール3リン酸の生成時の副産物)が、このプロテインキナーゼCによって活性化される酵素にNADPHオキシダーゼがあり、これによってスーパーオキシド陰イオン(活性酸素の一種)が発生してしまい、事態をさらに悪化させる。
4)グルコース6リン酸→グルコサミン6リン酸→UDP-GlcNAc。
これらによる障害が徐々に蓄積して、血管障害に発展する。

・フリードリヒ運動失調症
フリードリヒ運動失調症は1863年、運動失調、心筋症、糖尿病の合併する病気として最初に記述された。1988年になって原因遺伝子(9番染色体)が判明し、97年にはその遺伝子座(FRDA)がポジショナルクローニングによって特定された。FRDAはトリプレット伸長型の遺伝子異常であり、コードしている構造蛋白はフラタキシンと呼ばれるものであった。第一イントロン部分でDNAが3本鎖構造をとってしまい、そのほうが安定なために転写が阻害され、フラタキシンの発現が減少するために症状が現れることがわかった。
それではフラタキシンはいったいどのような働きをしているのだろうか。その探求はまずフラタキシンの局在を調べることからはじめられた。フラタキシンの抗体を作って染色を行ってみると、ミトコンドリアに存在していることがわかり、ATP合成への関与が予想された。次に、疾患モデルを遺伝子操作が容易な酵母で作る実験が行われた。酵母にはYFH1というFRDAに酷似した配列があり、これを不活化することで酵母は好気呼吸ができなくなることがわかった。ミトコンドリアのDNAがだめになって電子伝達系が働かなくなること、著明な鉄の沈着が起こること、アコニターゼの活性が落ちることなどから考えて、フラタキシンは鉄の排出に関係する蛋白ではないかと考えられた。
そこで次に、マウスを用いて疾患モデル動物を作ろうと、単純にFRDAのホモローグ(類似配列)を潰してみたが、生まれてこなかった。生存に必須らしい。そこで、コンディショナルノックアウトの手法とトランスジェニックの手法を両方利用した方法が取られた。
大腸菌ファージ由来の部位特異的組換え酵素Creは、loxpという34塩基の配列に挟まれた部分を環状に切り出すという性質がある。Creの遺伝子およびその上流に重金属プロモータを組み込んだマウスと、FRADのホモローグ部分をはさむように2つのloxpと呼ばれる特異的な配列を組み込んだマウスとを掛け合わせ、生まれてきた子供に重金属を含むえさを食べさせるとCreが発現し、FRDAを切り出して無効にしてしまう。
こうしてマウスに心筋症を発症させることに成功した。このマウスを調べると、アコニターゼの活性はやはり落ちていること、電子伝達系におけるFe-S複合体の合成も落ちていることが判明した。
次に、正常なフラタキシンの構造解析が行われた。すると、二価鉄イオンとの結合部位を有していることがわかった。このことから、次のような仮説が現在立てられている。
フラタキシンはミトコンドリア内で二価鉄イオンを保持し、Fe-S複合体の合成に関与している。フラタキシンの発現が低下すると、Fe-S複合体の合成効率が落ち、電子伝達系の活性が低下する。ATPの合成も少なくなり、このために活性酸素の上昇が起こり、さらに電子伝達系が傷害される。

6、タンパク質の高次構造
 タンパク質の特徴として、以下の3点が挙げられる。
@リボソーム上でN末端から生合成される
Aしばしばオリゴマーを形成する
B生体内のタンパク合成の場ではタンパク質濃度が高く、不適切な結合が起こりやすい

 タンパク質の性質は一次構造で決定されると考えられてきたが、近年そうとは限らないことがわかってきた。例として、プリオンタンパクはPrPc(αヘリックス)であるが、一次構造が同じPrPsc(βシート)もある。近年、タンパク質の高次構造形成を助けるタンパク質が見つかり、それをシャペロンと呼ぶ。シャペロンは上のBを防ぐ。具体例として、heat shock protein70(HSP70)では、熱でエネルギーが上昇すると構造が変化しやすくなるため、シャペロンが集まる。

7、血液凝固(臨床の血液の授業で詳しく扱います)
 赤血球以外の全細胞は赤血球の運ぶ酸素がないと生きていけず、さらにその酸素の配給量が多すぎても少なすぎてもよくない。ゆえに、血液は常にうまく身体に分配されており、凝固系とはその血液を体内にとどめるためのものである。
 仮に、循環系の破綻(出血、血栓)が生じた場合、以下の修復機構がはたらく。
@血小板、血管内皮因子
A血漿中の凝固系と凝固制御系
B線維素溶解系(線溶系)とその制御系

・ 血小板・血管内皮因子
◎ 血小板の血栓
 血小板が傷ついた血管内皮、周辺組織にくっついて(粘着)、その後、周辺の活性化された血小板が他の血小板を活性化し、さらに血小板同士が凝集して血栓となる。血小板活性化の機序を詳しく見てみると、まず血小板がvWFやcollagenに結合すると、血小板膜のlipaseが活性化される。さらに、膜からアラキドン酸が遊離し、Thromboxane A2が産生され、血小板が活性化される(脱顆粒)。

◎血管内皮因子
 血管内皮の破損が起こると、以下の2通りの反応が起こる。
collagen、phosphatidyle serine(PS)、vWF

・凝固系、線溶系については下図のカスケードを参照。

◎ 臨床検査

  出血時間 血小板数 APTT PT Fbg
血小板減少症 ↑(延長) ↓(減少)      
vWF病、血小板機能異常        
内因系凝固異常     ↑(延長)    
外因系凝固異常       ↑(延長)  
重症肝障害、DIC ↓(減少)

出血時間:正常1〜5分
血小板数:正常15〜30万/μl(特に10万を切ると肝機能がかなりやばいということなので覚えておきましょう)
APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間):内因系凝固活性測定(正常30〜40秒)
PT(プロトロンビン時間):外因系凝固活性測定(正常10〜12秒)
Fbg:フィブリノーゲン
vWF病(von Willebrand病):血小板粘着、[因子のキャリアーの役割を担うvWF(von Willebrand因子)の量的、質的異常によって起こる。上図のカスケードを考えれば、出血時間と共にAPTTが延長すると思うんですが、授業では出血時間のみ延長と習ったようです。参考までに、イヤーノートには「APTT延長(正常の症例も多い)」と記載してありました。
〜以下参考(授業では扱ってませんが後々重要なので)〜
FDP(カスケードの一番下):これの上昇は線溶系の亢進を示すものとしてDICの診断に用いますので、ここで一緒に覚えておきましょう。
血友病:血友病A([因子欠損)と血友病B(\欠乏)があり、共にAPTT延長、PT正常。
肝で産生される凝固因子:U、Z、\、](「にくなっとう(U\Z])」と覚える)のことで、ビタミンK依存性。これらの凝固を抑制する薬であるワーファリン(ビタミンKと拮抗する)も大事です。

・凝固制御系

凝固系が活性化されると、ProteinC/ProteinSによる凝固制御系が必然的に活性化される。つまりフィードバックがかかるということです。
トロンビン(Uaのこと)が血管内皮表面のトロンボモジュリンと結合して、トロンビン−トロンボモジュリン複合体となるとフィブリノーゲンをフィブリンにする凝固活性を失う。また、複合体はProteinCを活性化し、活性化されたProteinCはProteinS、リン脂質、Caとともに[a、Xaを分解し、活性を阻止(U→Uaを阻止)する。さらにプラスミノーゲンアクチベータインヒビター(PAI−1)も阻害し、線溶系も促進する。

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