心身医学 講義スライド

6月25日、糖尿病・代謝系の心身症
印刷するほどのものかは各自判断を…

若い1型糖尿病患者の心理社会的問題
−摂食障害の合併とその治療−

O瀧井正人、内潟安子*、野崎剛弘、河合啓介、
西方宏昭、占部宏美、高倉修、盛岡佳代、
是枝千賀子、岩本安彦*、久保千春
九州大学医学部心療内科、
*東京女子医大糖尿病センター

1型糖尿病について
1.我が国では、1型糖尿病は糖尿病全体の数%。
2.幼児期、小児期、思春期、青年期といった、若年期に好発。
3.2型糖尿病と違い、生活習慣とは全く関係なく、自己免疫機序により発症。
4.膵臓のインスリン分泌細胞が完全に破壊され、内因性インスリンの枯渇状態。
5.生命を維持するために、定期的なインスリン注射が一生欠かせない。
6、2型糖尿病とは全く違う病因であるため、治療法も当然異なるべきであるが、あまり区別されずに治療が行われていることがしばしば。

はじめに
1型糖尿病は、自我が確立する以前の年代に好発する。患者は、身体的に重大な病気にかかったこと以外に、病気の受け入れやセルフケアの難しさ、周囲の無理解や差別など、大きな心理的ストレスにさらされており、それらを処理しきれずに、精神疾患の合併など心理社会的問題を生じることが、しばしばである。そして、これらの問題が特に噴出する時期が、思春期・青年期である。この年代に起きがちな心理社会的問題が、糖尿病という疾患と絡み合い、より深刻化して出現するのである。

九州大学心療内科には、心理社会的間題を抱えた1型糖尿病患者が、全国から数多く紹介されて来る。これらの患者は、糖尿病のセルフケアがうまくいかず、概して血糖コントロールが非常に不良である。従って、有効な対策がなされなければ、早期に糖尿病慢性合併症が発症・進展し、長い余生を身体的にも精神的にも悲惨な状態で過ごすことになる可能性が高い。彼等に対しては心身両面からの治療が必要であり、その一刻も早い確立と普及が、待たれている。これらの患者の臨床像および、当科における治療とその成績について報告する。

1型糖尿病に神経性過食症を合併した
若い女性の手紙

今までの私は、生きていても、生きていること自体にどこか後ろめたい感じさえありました。本当はもっと私だって堂々と顔を上げて生きられるはずなのに、何かにおびえ、いつも何かから逃げてこそこそしていました。
どうしてこんなにも私は、胸を張って生きられないのか?
なぜ自分がありのままの自分であることを、こんなにも隠そうとするのか?
答えの出ないまま、自分自身に対して疑問や苛立ちを感じるばかりでした。
けれど、自分の中で、どうしても納得のいかない、気持ちの悪い苦しみが暴れ出し、じっとしていられないほどの恐怖感が募ります。
何者かに対して、私は言いようのない恨みや怒りを感じているのに、いったい何に対してそれをぶつけたらよいのか、どうしてもわからない
のです。
しかし、その正体が、やっと顔を見せ始めています。
私は、糖尿病を発症して、おかしな栄養指導を受けました。実現不可能な「完璧な食事」をするように、と言われました。
それは、たとえば「天ぷらのころもははずし、ケーキは1/3個残す。お葉子やアルコールは基本的に避け、外食や買い食いは、よくないのでやめましょう」というようなもので、今考えると、いったい誰がそんなことを実行できるのか、と思うほどです。
学校で、部活だって普通の子たちと同じようにやりたいし、休日には、外でおいしい食事をとったりしたい。そんな当たり前のことをするのに、いちいち罪悪感を感じなければなりませんでした。
私には、部活の合宿で、特別料理が出されたり、パーティではお菓子の代わりにウーロン茶を与えられたりしました。家族とはいつも違うメニューを食べ、多く食べたと感じた日には、夜中でも外に走りに行ったりしました。
すべては私の身体のため、生きていくために必要なことだと言い聞かされました。

皆が変に気を遣ったり、自分だけが食事を楽しめないのが本当に苦痛で、ついには家族をも避けるようになりました。医者や栄養士に訴えても、「困った子」という扱いを受けるだけで、虚しさはどんどん募りました。
ある時、看護婦さんに「あなたより辛い人だって、世の中にはたくさんいるのよ。もっと頑張らなきゃ」と言われたことがあり、その人にとっては励ましのつもりだったのかもしれないけれど、私は本当に心を傷つけられました。
私は糖尿病患者だけれど、教科書通りにはいかない、生きた人間です。自然に、おいしいものを食べたいと思う感情があるし、目の前にあるおいしそうな食べ物を「食べるな」と言われればよけいに食べたくなります。そういう気持ちを不自然に抑えれば、怒りにも似た感情が込み上げてくるし、「なんでこんなにも切ない思いをしなければならないのか…」と情けなくなったりもします。
 そして、それを訴えるたびに自分を無下に否定され、劣等生のような不当な扱いを受けるとなれば、人間として真っ直ぐ生きられるはずもありません。考え方は卑屈になり、自分自身の受ける扱いを認めるために、自分の存在をこき下ろしていくしか方法はありませんでした.

当科を受診した1型糖尿病患者の臨床像

当科初診1型糖尿病患者数、年別推移
H6年後半〜15年前半(n=155)

当科初診1型糖尿病女性患者のMental disorderの診断(n=141)

診断別臨床像

摂食障害(+)
(n=123)
他の精神疾患
(n=32)
精神疾患なし
(n=29)
Age(yrs) 24.1±5.5 28.5±11.9 27.3±5.1 0.009
DM onset(yrs) 14.7±6.8 18.2±11.6 15.0±7.7 NS
DM duration(yrs) 9.4±6.2 10.2±6.4 12.2±7.3 NS
HbA1c(%) 10.9±2.9 8.1±1.9 6.6±0.6 0
Retinopathy(%) 32 15.6 6.9 0.008

摂食障害を合併した1型糖尿病女性患者の病態の特徴
1.過食タイプの摂食障害(BN,BED,AN−BPなど)が多い。
2.Insulin Omissionという糖尿病特有の、体重増加を防ぐための不適切な代償行為。
3.糖尿病のコントロール不良と、摂食障害の存在が互いに悪循環をなし、治療は非常に難しいとされている。

1型糖尿病患者における摂食障害発症の流れ

摂食障害を合併した1型糖尿病女性患者の治療

・『厳格な糖尿病管理をしなければならない』という思い込みが、摂食障害の発症・維持に根本的に関わっている。
・治療のポイントは、究極的には、その思い込みを、いかにして軽減させるかである。
・精神病理の大きい患者ほど、思い込みが強い傾向があり、思い込み軽減のための治療には大きなエネルギーを必要とする。
・従って、患者の病態・精神病理によって、必要となる治療法・対応法も変わってくる。

治療への反応による患者の分類
1.ていねいに説明するだけ(心理教育的対応)で、厳格な糖尿病管理は必要がないことが理解でき、無理のない糖尿病のセルフケアが実行できるようになる人。
2.(入院させ)行動療法的枠組みに入れて経験させることにより、はじめて理解でき、実行できる方向に向かう人。
3.行動療法的枠組みに入れても、理解は不十分で、実行も難しい人。

ていねいに説明するだけで、理解し実行できる人
・Binge-eating disorder(軽症例)
・患者は外来初診時のカウンセリングによって癒され、糖尿病と折り合って生きていくための知恵と勇気を与えられる。
・むちゃ食いはおさまっていき、HbA1c(血糖コントロール)も改善していく。

外来初診時のカウンセリング
−糖尿病についての当科の基本的な考え方・対応−

行動療法的枠組みに入れて経験させることにより、はじめて理解できる人
・Bulimia nervosaの過半数
・現実に目を背け、体重だけが意味を持つ、歪んだ世界の中に生きている。
・(体重増加や現実からの)回避行動を遮断するために、行動療法的な対応が必要。
・回避を遮断されたところではじめて、適切な行動が可能となる。
・そして、自分自身や現実に向き合うことができ、認知も少しずつ変わっていく。
・この人達に対しては、そのような厳しい対応が必要であり、かつそれが可能である。

摂食障害を合併した糖尿病患者の入院治療

入院治療の概略
−摂食障害を伴った糖尿病患者−
1.心身の休息
患者を責めず見守る、しかし規則正しい環境の中で、疲労・うつ状態の改善、身体・生活リズムの回復。
2.食事・体重に関する誤った認知・行動の修正
・まず患者の決めた食事の全量摂取
・食事の段階的増量
・自由摂取
・間食訓練
・外食訓練
・外泊訓練
3.一般的な認知・行動の修正
考え方・生き方・人間関係のパターン
4.糖尿病と適切に付き合うための基礎訓練
・血糖自己測定・自己注射・インスリン調整の実地指導
・血糖値に対する距離の取り方
5.家族関係の修復
・自発的修復過程
・家族面接
・家族への指導

BN・BED患者のHbA1cの経過

行動庶法的枠組みに入れても、理解は不十分で、実行も離しい人 その1
極めて未熟、自我が弱い人
・糖尿病を発症してから心理的成長が止まっている。
・周囲の糖尿病についての考え方(伝統的な考え方、偏見)や態度(特別扱い)が、成長を阻害していると思われる。
・外来初診時のカウンセリングのような対応を、粘り強く続ける。(成長に必要な基本的要素が含まれている)。目に見えた前進が見られないことが年単位で続くが、治療者はそれを容認する。糖尿病や患者についての家族の理解を得るように努める。患者の成長を確認しながら、行動療法的な対応も適宜交える。
・患者の成長に伴って、再入院を考慮する。

行動庶法的枠組みに入れても、理解は不十分で、実行も離しい人 その2
人格障害
・治療的枠組みを非常に束縛的なものととらえ反発するが、枠組みを作らなければ混沌としており、治療的対応が難しい。彼女らに対しては、枠組みは厳格に守らせるものではなく、一応の基準・目標としての意味で用いる。
・うまくいかなくて何とかしたいこと、こうありたいと思う願いなどが、患者自身から生まれてくるのを待つ。それを受け止め、治療課題にするように患者に返す。
・数年以上に及ぶこのような対応の中で、患者が人生と多少なりとも折り合えるようになっていくとともに、糖尿病との楽なつきあい方も次第に可能となっていく。

今の私は、九州に入院する前に比べて、ずっと我慢をしなくなったような気がします。苦しくなるまで我慢せず、時には感情をさらけ出す。だから周囲から見ると、きっと私は以前より扱いにくい人間になったと思います。
でもそれが私本来の姿なのかもしれない。だから今はそれでいいと思っています。
思いきり甘えられて自分の弱さも全部見せられる相手がいたら、一時的に心の傷を癒す間だけでも、思いきりわがままに振舞っちゃってもいいんじゃないか。そう思います。

まとめ
若い1型糖尿病患者の心理社会的問題の中でも、摂食障害の合併は、その頻度も高く、心身両面に対する悪影響が大きい。
本日は、摂食障害合併患者を例に取り、心理社会的問題を抱えた1型糖尿病患者が、混乱から回復し、糖尿病を受け入れ適応できるようになるための、心身医学的援助について述べた。
行動療法的対応は、これらの患者の治療においても、重要な役割を担っている。

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