水の科学

総合科目。教官が複数人にて生活との関わりからみた水や、化学的な観点からみた水について講義。
教官ごとにレポートやその場で提出する小テストなどで評価。
以下のレポートはそのうちの1人が課した課題のレポートで、化学的な観点からではなく別の観点から水について論ぜよ、とのこと。物議を醸した田中康夫長野県知事の「脱ダム宣言」について。

 

 今年2月に長野県の田中康夫知事が発表した「脱ダム宣言」には、マスコミなどからも注目が集まり、また賛否両論の非常に活発な議論がなされている。そのような状況をふまえて、今回のレポートでは、この「脱ダム宣言」に対する賛成・反対の意見を検討し、自分なりの考察を加えてみたいと考えた。

 まずこの宣言がダムの不利点としてあげているのは主に、建設・維持に巨費を投じなければならない点、環境に大きな影響を与える点の2点である。さらに、結果的に費用の約80%を国庫が負担し、そのことが自治体を安易なダム建設に走らせるとして、国のダム建設に対する姿勢をも批判している。そして、例え費用がかかっても河川改修(堤防の嵩(かさ)上げ、川底の浚渫(しゅんせつ)など)をし、コンクリートのダムをできる限り建設しないことが、国家百年の計であるとしている。

 この「脱ダム宣言」を支持する意見としては、以下のようなものが見られた。「ダム建設時に将来使うと予測している水の量が多すぎるなど計画がでたらめで、むだな公共事業である。」「ダムは自然を破壊する。川幅を広げたり大雨のときに雨をためる遊水地を平地に造ったりすれば、ダムを造らずとも洪水は防げるはずである。」「山に木を植えれば(『緑のダム』)、ダムの役割を果たすはずである。」

 そして、反対する意見には以下のようなものが見られる。「日本の国土は山だらけで、洪水のときに水につかるおそれがある10%ほどの地域に国民の約半分が住んでおり、そこに国民の財産の約75%が集中しているといわれている。これらを洪水から守るためにまだまだダムは必要である。」「今の日本列島は長い歴史の中でも、緑の面積が多い時期であり、それなのに洪水が起こるのだから、森林の吸水力を利用するという『緑のダム』の理想が必ずしもうまくゆくとはいえない。」「周辺各県を含め、下流域の人々の生活と自然保護を共生させるというならともかく、『長野県に水源があるからダムは造らない。』という論理はおかしい。」「長野県の水は県内だけでなく、下流域にあたる愛知、静岡、岐阜、新潟、山梨などでも利用されている。長野県のことは他人事ではない。」

 このように、賛成・反対の両意見とも、その論点は実に多様であり、またどれも説得力を持っている。ここで、僕が特に重視せねばならないと考えたのは、環境の問題と、流域住民の安全の問題である。

 環境の問題については、脱ダム宣言の中では具体的事例には触れられていない。しかし、ダムの及ぼす影響は実に多岐にわたる。まずダム周辺の動植物などの生態系に与える直接的な影響。そして、鮎など、川を遡る習性を持つ魚への影響。さらには、ダムの下層部の低酸素状態により水が腐り、その水が流れ出すことによって、下流域の水産業にまで影響を与えるとの見方もある。

 一方流域住民の安全性についても、洪水に対する安全性だけを一義的に論ずれば事足りるという性質のものではない。もちろん、多くのダムが洪水の危険性を軽減する、という目的を持って作られるのであるが、例えば田中知事が建設中止を打ち出した下諏訪ダムの場合、他に現在依存している地下水に危険性がある、という事情もダム建設目的の一つに数えられていたという。その危険性とは、この周辺の住民が水源の4分の3を依存している地下水に、昭和50年代頃から、発ガン性の疑いのあるトリクロロエチレンが検出されはじめた、という事実である。

 また、ダムを造らなかったために渇水が起こった、という事態が発生する可能性も考えられる。この点については、「『緑のダム』では、確かに地下貯水量は増えるが、渇水時は植物からの蒸散量が増加する」という観点から、渇水対策に『緑のダム』が有効ではないのではないか、という意見も聞かれる。

 以上に見てきたように、ダムの是非はとても十把一絡げに断じられるものではない。公共の利益と環境保全とが対立し、公共事業に対する賛否が紛糾する、というのは多くの公共事業に見られる構図であるが、人間だけでなく、ほぼ全ての生き物に必要とされる水が対象となる公共事業では、事態は更に重要である。一面的な見解を述べあうのではなく、多面的な意見を出し合い、個々のダムについてそのもたらす利益、そのダムが失わしめる損失を慎重に見極め、良きを用い、悪しきを退けていくという、柔軟な思考と決断力が何よりも求められているのではないだろうか。

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