集団生物学 課題レポート

小池(裕)教官。レポートと試験。レポート課題は「PCR法の医療への応用」。
章分けすることと、3枚以上書くことが条件。
以下は「PCR法を利用した高感度腹腔内洗浄細胞診」について。
評価は「good」、他に「excellent」、「good+」、「good-」などの評価。

1.序
 今日、日本では3人に1人ががんによって亡くなるといわれ、最もよく話題に上る病気であるといえる。
中でも胃がんは、「日本人の国民病」と言われるほどに患者が多く、きわめて身近ながんのひとつであろう。最近の人口動態統計によれば、胃がんの死亡率は肺がんの急激な増加により、悪性腫瘍中第2位に後退したものの、胃がん死亡者数自体は減少しておらず、依然として年間5万人という多くの人々が胃がんで亡くなっており、胃がんが脅威であるという事実は変わってはいないと思われる。

 そこで今回、「PCR法の医療への応用」との課題でレポートを作成するにあたって、「PCR法と胃がん」について考えてみることにした。

 胃がんは集団検診などで早期発見されやすいがんで、早期発見された場合の5年生存率は95パーセントを超えるなどきわめて良好で、外科的手術や内視鏡的手術によって完治が可能である。

 しかし、進行した胃がんの場合、状況は一変する。進行がんでは、手術によって完全にがんが取り切れたと思っても、再発のために5年生存率は50パーセントを下回る。進行性胃がんは、大腸がんと比べても明らかに予後が悪く、膵臓がんのような治りにくいがんと、大腸がんとの中間に位置する、軽視できないがんなのである。

 以下では、まずPCR法、という方法について概説した後、その胃がん診断への応用、それが治療に与える影響なとについて、順次述べてゆきたい。

2.PCR法とは
 PCR法とはポリメラーゼ連鎖反応法の略称で、1986年に開発された。以前はDNAを増幅する際、大腸菌の力をかりて複雑な操作を繰り返し、数日かけて必要なDNAを増やす、という方法をとってきた。しかしPCR法では、試験管内のみで、2,3時間の間にDNAの増幅ができるのである。

 DNAは94度ほどの高温にすると2本の鎖がほどけて1本ずつになり、徐々に温度を下げると再び元通りの2本鎖に復元する。2本鎖がほどけたときに大量のプライマー(=増幅したいDNA領域の両末端の20塩基ほどと同じ塩基配列を持つ1本鎖の核酸で、DNAを合成する酵素であるポリメラーゼがDNA合成を始めるいわば目印となる。)を入れると、それぞれの鎖上の相補的な配列の部分に優先的に結合する(これをアニーリングという)。そこにDNAポリメラーゼと4種類の塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)があると、プライマーが結合した部分を起点として、それぞれの鎖を合成していく。

 この後、再び高温にして2本鎖をほどき、プライマーを結合させて…、という過程を繰り返せば、DNAを大量に増幅できる。

 一般の生物の持つDNAポリメラーゼは、94度もの高温にすると失活してしまうが、好熱菌のDNAポリメラーゼを用いれば、その最適温度は74度ほどであり、高熱にも耐えられる(失活しない)ため、1サイクルごとに酵素を加え直す必要がない。

3.胃がんの診断とPCR法
  最近、高度先進医療の一環として、「PCR法を利用した高感度腹腔内洗浄細胞診」と言われる新しい検査法が認められた。

 胃がんの転移再発のうちでもっとも頻度が高いのは、胃がんの病巣からはがれ落ちたがん細胞が直接腹腔内に散らばり、散った先々で新しい病巣を形成するもので、このようなものを腹膜転移、または腹膜播種と呼ぶ。これは胃の壁の内側にある粘膜から発生するがんが進行して、胃の壁の深い所まで入り込み、ついには壁の反対側、つまり胃の外側まで及んだ場合に起こりやすいとされている。従って、このような転移は、ある程度進行したがん患者に起こりうるものであるが、これを術前に正しく判断することは難しく、手術のために開腹した時点で、それまでの検査ではわからなかった小さな腹膜転移がみつかることもある。さらに、手術の段階でそのようなものが見つからない場合でも、数か月から数年後に腹膜転移の形で再発することがありえる。これは、がん細胞が腹腔内にすでに散っており、目には見えない小さな転移(微小転移という)を形成していることが原因と考えられている。以上のことから、腹腔内に目に見えないがん細胞が実際に飛び散っているかどうかを知ることができれば、今後の治療方針をたてるにあたって、大いに参考になるのである。

 従来、その判断のために行われている方法は、術中に腹腔内の胃から離れた部位に生理食塩水を注入し、回収して中に浮いている細胞を染色して顕微鏡で見る、というものである。この方法はまずがん細胞であるかどうかの判断が微妙である上に、がん細胞が少なければ見落とす可能性が高くなるのが難点である。

 そこで開発されたのがこの章のはじめに挙げた「PCR法を利用した高感度腹腔内洗浄細胞診」といわれる方法である。この方法では、がん細胞では高発現を示し、正常な細胞では発現が認められないCEA(がん胎児性抗原)という腫瘍マーカーの遺伝子に着目する。術中に腹腔内から採取した生理食塩水に含まれる細胞に、CEA遺伝子が含まれるかどうか、PCR法によってこの遺伝子の増幅を試みるのである。PCR法は1つの遺伝子からでも大量増幅が可能なほどの敏感な方法であるため、これにより腹膜転移の可能性をより高感度に検出することができるようになる。

 この方法によって、これまでは不可能であった手術時間(3時間程度)内の検査が可能になり、さらに、がん細胞の数を定量できるようになった。この定量値と設定した基準値との比較により、再発リスクの大きさが以前より正確に求められるようになったのである。

 臨床応用においては、リアルタイムPCR法(=2本鎖DNAに結合する蛍光を発する試薬を反応系に加えておき、備え付けの分光光度計によりDNA量を蛍光量として取得できるPCR法。そのため、PCR法反応時に増幅していくDNA量をリアルタイムで測定でき、DNA増幅曲線を視覚化できる。)によって14例中3例の陽性例を見いだし、そのうちの2例は従来の顕微鏡方式が陰性であったことから、(もう1例は疑陽性とされていた)この「PCR法を利用した高感度腹腔内洗浄細胞診」法の高感度性が裏付けられつつある。

4.治療方針に与える影響
 確実性の高い検査は治療方針にも影響を与える。この「PCR法を利用した高感度腹腔内洗浄細胞診」で陰性と判定された場合、腹膜転移による再発の危険性はほとんどないといえるので、手術後に不必要な(または過剰な)抗ガン剤による治療を避け、患者のQOLを高めることができる。

 また、先に述べたとおり、この方法は迅速な判断が可能で、手術時間内に結果を出すこともできるため、陽性反応が出て抗がん剤治療が有効と考えられる場合には、その患者にとって最適な投剤法を術中に選択することも可能となる。微小転移は進行した転移に比べて抗がん剤に対する感受性が高いという動物実験結果もあり、微小転移を素早く発見し、それに対処していくことはきわめて重要である。

5.「PCR法を利用した高感度腹腔内洗浄細胞診」の他分野への応用
 この検査法は現在、胃がんの腹膜微小転移を発見する目的に使用されているが、リンパ節の微小転移の診断や、血液中のがん細胞の検出、その他のがんの微小転移診断などへも応用が開始、あるいは開始が検討されている。ここではその一例として、尿中剥離細胞中の尿路上皮がん細胞に対する遺伝子診断法について述べたい。

 膀胱がんは表在性であれば5年生存率は90パーセントと高いが、50パーセントは術後膀胱内再発をきたすので、定期的な検査により早期にこれを発見することが重要である。この検査において、最も信憑性の高い検査法は膀胱鏡(=内視鏡の膀胱版。尿道からカメラを入れ、膀胱を見る。)であるが、侵襲性がある(=患者の身体に与える影響の大きい)検査法のため、患者の負担が大きいのが現状である。そのため、非侵襲的な検査法として、尿細胞診とよばれる検査法が一般に行われているが、検出感度が低いことが難点であった。

 そこで、以上で説明してきたリアルタイムPCR法による細胞診を行う検査法が考え出された。この場合PCR法によって、尿路上皮がんにおいて発現が上昇するサイトケラチン20(CK20)の遺伝子を増幅、これを検出することによって尿中の微量がん細胞を迅速に、高感度で検出することができる。これによって、検査に要する時間が従来の7,8時間からおよそ半分に減らせたばかりでなく、検出感度は従来行われてきた細胞診の約2倍となった。今後この方法が普及すれば、尿路上皮がんの定期的経過観察において、膀胱鏡の検査回数を減らし、患者の肉体的負担を少なくするといった効果が期待できる。

6.まとめ
 「早期発見・早期治療」とはがん治療において以前から言われてきたことであるが、今回私の調べた「PCR法を利用した高感度腹腔内洗浄細胞診」法も、がん発見を迅速かつ確実にするという観点に立ったものである。また、「4.治療方針に与える影響」でも見たとおり、それはがん患者の生活の質、すなわちQOLを向上させる結果にもなることがわかった。

 さらに、「5.他分野への応用」でも見たとおり、この「PCR法を利用した高感度腹腔内洗浄細胞診」法は、広く応用可能性が検討されている。がん細胞にはそれぞれ、正常な細胞では発現しない特有の遺伝子(食道がんではCEA、SCC、Mage-3など。胃がんではCEA、CK20、Mage-3など。)が高発現を示しているため、そのような遺伝子を発見し、その塩基配列を解明してゆけば、この方法の応用範囲はさらに広まるであろう。

参考文献・資料
インターネット(愛知県がんセンター遺伝学電子博物館
Essential細胞生物学 中村桂子、藤山秋佐夫、松原謙一監訳 南江堂(1999)

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