細菌学実習レポート 第3回
(鼻前庭の常在菌、淋菌、咽頭常在菌、環境中の細菌)

実施日 平成15年5月2日(金)、9日(金)、12日(月)

(鼻前庭の常在菌とブドウ球菌)
1. 目的
 各自の鼻前庭の常在菌の分離培養を行う。

2. 方法
(1) 滅菌綿棒で鼻前庭をぬぐい、Staphylococcus 110番培地(No.110)の3分の1ほどまで塗りつけた後、白金耳で分離培養と同じように塗り広げ37℃で2日間培養した。
(2) 鼻前庭から分離された菌のコロニーを比較し、主に色調の違いに着目して、できるだけ多くの異なったコロニー性状を示すものを白金線で釣菌し、グラム染色、観察した。

3. 結果
 白色、黄色の2種類のコロニーが区別されたため、これらを染色、観察したが、いずれもブドウ球菌と思われるグラム陽性の球菌であった。

4. 考察
 鼻咽腔には多数の常在菌が存在する。まず鼻前庭部にはStaphylococcus epidermidis(表皮ブドウ球菌)のほか、S. aureus(黄色ブドウ球菌)がしばしば見いだされる。これは、院内感染における感染源として重要視される。粘膜で覆われた固有鼻腔には、Staphylococcus(ブドウ球菌)、Corynebacterium(コリネバクテリウム)などが存在するが、鼻腔は多くの呼吸器系感染症の原因微生物の流入口であるため、一時的にではあるが各種病原微生物が定着する場所でもある。そのようなものとしては、Streptococcus pneumoniae(肺炎連鎖球菌)、Haemophilus influenzae(インフルエンザ菌)、Neisseria meningitidis(髄膜炎菌)などがある。これらの菌が定着しても必ずしも宿主は発病するとは限らない。

5. 設問
(1)S. aureusとS. epidermidisの病原性(起病性)について考察せよ。
S. aureusの病原性(起病性)について 主に以下のようなものが病原因子となる。

名称 症状 性状など
夾膜 敗血症? アミノ糖のポリマー。食細胞への抵抗性を持つ?
溶血毒 化膿症など 赤血球を破壊する酵素。α〜δの4種がある。
ロイコシジン 化膿症など 白血球を破壊する毒素。
エンテロトキシン(腸管毒) 食中毒など 水溶性タンパクで耐熱性。トリプシンにも抵抗性。経口摂取で発症。1〜6時間後の潜伏期の後、激しい嘔吐など。
毒素性ショック症候群毒素 ショック スーパー抗原の1つ。血圧降下、多臓器不全などを起こす。
剥離性毒素   熱傷様皮膚症候群(SSSS)の原因毒素。
コアグラーゼ 化膿症 血液凝固作用を持つタンパク。抗原性の異なる8種類がある。
クランピング因子 化膿症 フィブリノーゲンに直接作用してフィブリンを析出させる。
スタフィロキナーゼ   プラスミノーゲンを活性化し、プラスミンを生じさせる。


S. epidermidisの病原性(起病性)について
S. epidermidisはコアグラーゼ陰性ブドウ球菌である。黄色ブドウ球菌に比べて病原性は弱く、宿主の防御反応の低下により発症することが多い。尿路、呼吸器からの感染が多い。

(2)ブドウ球菌の病原性にその菌体外タンパク(毒素、酵素)はどのように関与しているであろうか?
 ブドウ球菌の病原性においては、菌体外タンパクによるところが大きい。食中毒の原因となるエンテロトキシンは菌の産生する毒素(菌体外タンパク)によるものであるし、毒素により毒素性ショックや化膿症も起こるとされている。

(3)ブドウ球菌用選択培地の選択性はいかなる組成上の特徴によるか。
 ブドウ球菌には耐塩性があり、食塩添加培地で選択的に菌発育する。「マンニトール食塩培地」と呼ばれる培地がよく用いられ、マンニトール分解能の有無からある程度菌種を推定できる。
 マンニトール分解菌は集落とその周辺部が黄色に呈色し、マンニトール非分解菌は淡い赤色の集落を作る。


(淋菌)
1. 目的
 淋菌の培地および培養法を知り、これを観察する。

2. 方法
 あらかじめ培養されていた淋菌のコロニーから、白金線で菌をとり、グラム染色して観察した。

3. 結果
 グラム陰性の双球菌が見られた。

4. 考察
 Neisseria gonorrhoeae(淋菌)の培養について。
 淋菌の栄養要求性は複雑で、普通寒天培地には発育しない。そのため、ヘモグロビンを添加したTM(Thayer-Martin)培地や、さらに発育促進剤を添加したGC培地などが考案され、使用されている。嫌気状態や30℃以下では発育しない。

5. 設問
(1) 淋菌の特徴と病原性について考察せよ。
 直径0.6〜1.0μmのソラマメ形球菌で、凹部で2つが向かい合った双球菌として存在する。グラム陰性で高熱に対して抵抗性が弱く、消毒、乾燥にも弱い。
 世界中で最も患者数が多い性(行為)感染症である淋疾の原因菌である。外界での抵抗力が弱いため、淋疾の患者にのみ生息し、自然界には生息しない。従って、ほとんどが性交による接触感染である。男性では尿道炎、女性では子宮頸管炎、膣炎、尿道炎など化膿性炎症を起こし、治療を怠ると男性では精巣上体(副睾丸)炎や前立腺炎、女性では子宮内膜炎、卵管炎、腹膜炎を起こすことがある。また、まれに敗血症をおこし、発熱、関節炎、心内膜炎、髄膜炎を伴う。
 小児の膣粘膜は感受性が高く、風呂場やタオルで間接感染が起こることがある。

(2) β−ラクタマーゼとは何か。薬剤耐性との関連を考察せよ。
 β−ラクタム環を分子式内に持つ抗生物質をβ−ラクタム系抗生物質という。これはペプチドグリカン(細胞壁の構成成分)の合成過程のうち、グリカン鎖の重合とペプチド相互間の結合を阻害する。β−ラクタマーゼは、そのβ−ラクタム環を開環する酵素であり、β−ラクタマーゼの薬理効果をなくす。このため、β−ラクタマーゼをコードしたプラスミドを獲得した細菌は、β−ラクタム系の抗生物質に対して耐性となる。

(3) カタラーゼ陽性の意味を考えよ。
 カタラーゼは過酸化水素を水と酸素に分解する酵素である。培地に発育した新鮮な集落をスライドグラスに乗せた3%過酸化水素水と混ぜ、気泡が発生すればカタラーゼを持ち(すなわちカタラーゼ陽性)、発生しなければカタラーゼを持たない(陰性)と判断する。
 これは、その菌が嫌気性であるか非嫌気性であるかの判断に重要である。(嫌気性菌は活性酸素に対する備えに不備があり、ほとんどの嫌気性菌ではカタラーゼが欠損している。)連鎖球菌とブドウ球菌、コリネバクテリウムなどの鑑別に用いる。

(4) オキシダーゼ反応のメカニズムを考えよ。
 陽性である菌は、ある種のチトクローム酸化酵素を持っている。この酵素があると、電子伝達系により、濾紙上のtetramethyl-p-pheylenediamineなど、ある種の芳香族アミンを酸化し、酸化後の物質が濃い紫色を呈する。


(咽頭常在菌)
1. 目的
 咽頭常在菌の分離培養を行い、コロニーおよび菌体の性状を観察する。

2. 方法
(1) 滅菌綿棒で扁桃腺の部分をぬぐい、血液寒天の3分の1ほどまで塗りつけた後、白金耳で分離培養と同じように塗り広げ37℃で培養した。
(2) 形成されたコロニーを観察し、形態や色、溶血性などの違いから異なった菌と思われるコロニーをできるだけたくさん選び、白金線で釣菌し、グラム染色・観察した。

3. 結果
 今回の実習で観察された菌は2種類と思われる。いずれもグラム陽性の球菌であったが、一方はブドウ房状の配列を示し、もう一つは連鎖上の配列を示していた。

4. 考察
 今回用いた血液寒天培地について。普通寒天培地を高圧滅菌した後、45〜50℃に冷ましてから、無菌的に採血された動物血液(通常は脱線維素血液)を5〜10%の割合で加え、泡立たないようによく混和し、平板あるいは斜面に固める。
 普通寒天培地には発育しないような細菌も菌発育が増強され、細菌の持つ溶血能の検査にも使われる。用いる血液の動物種によって菌の発育や溶血性に違いが見られる。

5. 設問
(1) 咽頭にはどのような菌が常在するか。
 咽頭部にはStaphylococcus(ブドウ球菌。α溶血性もしくは非溶血性、ときにβ溶血性)、Neisseria(ナイセリア)、Branhamella、Corynebacteriumなどが存在する。気管、気管支、肺胞などの下部気道には菌は少ない。気管や気管支においては上皮細胞の線毛の運動によって微生物は排出され、肺胞では肺胞マクロファージにより処理されるためである。

(2) 常在菌叢の意義について考察せよ。
 生体にとって有利に働く作用としては拮抗現象、免疫系刺激作用、発育素産生の3つが考えられる。
  拮抗現象…常在細菌は、細菌間の相互作用、栄養の得やすさなど、種々の条件に従って平衡状態となっている。このため、新たな病原菌が侵入してきても、すぐに定着、感染を起こしにくい。
  免疫刺激作用…常在細菌が存在することにより免疫系が刺激され、免疫応答能力や感染抵抗性の付与に役立っている。
発育素産生…特に腸管に生息する菌の中には、ビタミンなどを産生するものがあり、これが宿主に利用されるものがある。

(3) 常在菌のうち、どのような菌が病原性を有するだろうか。

所在 細菌名 引き起こされる病気など
皮膚 Propionibacterium acnes にきびの原因菌
皮膚・膣 Candida albicans(※真菌) カンジダ症、菌交代症
皮膚・鼻 Staphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)  
口腔・歯 Streptococcus mutans(ミュータンス菌群の1つ) 虫歯の原因
Streptococcus sanguinis(ミティス菌群の1つ) 心内膜炎(異所性感染)
Porphyromonus gingivalis 歯周病と関連
咽頭 Streptococcus pneumoniae(肺炎連鎖球菌) 肺炎など
Streptococcus pyogenes(化膿連鎖球菌) 咽頭炎、扁桃炎など
Haemophilus influenzae(インフルエンザ菌) 喉頭炎、髄膜炎など
Neisseria meningitadis(髄膜炎菌) 流行性脳脊髄膜炎、髄膜炎菌性敗血症
消化管 Helicobacter pylori 胃潰瘍
膣など Streptococcus agalactiae 出生児の髄膜炎など


(環境中の細菌)
1. 目的
 流しや床の菌について調べ、その場所の微生物の分布を知る。

2. 方法
(1) 滅菌綿棒を用いて、流しまたは床を軽く拭き取り、NAC培地(緑膿菌選択培地)上に塗りつけ室温で培養した。
(2) 培養したコロニーの性状を観察し、白金線でとった菌を染色せずに観察した。

3. 結果
 コロニーは特有のにおいを持ち、顕微鏡下では大量の桿菌が激しく動き回る様子が観察された。

4. 考察
 緑膿菌について。
 湿潤な環境やヒトの皮膚、ヒトや動物の消化管内の常在菌叢に見られる。健康人にはめったに感染しない。免疫力が低下したり、慢性の消耗性疾患を患ったりした人では感染症を起こす。緑膿菌敗血症の場合、死亡率は80パーセント以上といわれる。
 緑膿菌の培養にはNAC(nalidixic asid-cetrimide)寒天培地を用いる。この培地ではグラム陽性菌と緑膿菌以外のほとんどのグラム陰性菌は発育が抑制される。

5. 設問
(1) 自然界にはどのような菌が存在するか。
土壌微生物として、芽胞形成菌であるBacillus(バシラス)、Clostridium(クロストリジウム)、グラム陽性菌のMicrococcus(ミクロコッカス)、Arthrobacter、Mycobacterium(マイコバクテリウム)、Corynebacterium(コリネバクテリウム)など、グラム陰性菌ではAlcaligenes(アルカリゲネス)、Flavobacterium、Pseudomonas(シュードモナス)、Serratia(セラチア)、Erwiniaなどが、また放線菌関連ではStreptomyces(ストレプトミセス)、Actinomyces(アクチノミセス)、Nocardia(ノカルジア)などがある。
淡水細菌には低温細菌が多い。その例としては、グラム陰性菌としてPseudomonas、Alcaligenes、Chromobacterium(クロモバクテリウム)、Photobacterium、Aeromonas(エロモナス)、Legionella(レジオネラ)、Vibrio(ビブリオ)など、グラム陽性菌ではMicrococcus、Sarcinaなどがある。
海洋細菌には好塩性の低温細菌が多い。普遍的なものはPseudomonas、Vibrio、Spirillum(らせん菌)、Alcaligenes、Chromobacteriumなどである。沿岸に多く外洋には少ない傾向があり、深海ではきわめて少ない。

(2) その中で人に病原性を発揮するものとしてはどのようなものがあるか。
ヒトに病原性を発揮するものとしては破傷風菌、ウェルシュ菌、ボツリヌス菌などを含むClostridium属、Pseudomonas属、やSerratia属、非定型抗酸菌症を起こすMycobacterium属などの日和見病原菌、病原性真菌であるHistoplasma(ヒストプラズマ)などがある。


参考文献
戸田新細菌学 改訂32版  南山堂(2002)

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