細菌学実習レポート 第4回
(下痢原因菌)

実施日 平成15年5月26日(月)、30日(金)、6月3日(火)

1. 目的
 3種の菌(下痢原性大腸菌、赤痢菌、サルモネラ)の分離、同定を行い、菌の性質、培地の組成と生化学的反応の原理、同定の手順などを理解する。

2. 方法
(1) 3種の菌の混合液から白金耳で1滴取り、分離培養した。培地はSS-SB培地(紫色)とDrigarski培地(緑色)を用いた。
(2) 培養後、SS-SB培地からは黒色と白色のコロニーを、Drigarski培地からは(黄色と白のコロニーのうち)黄色のコロニーをとり、菌の植え継ぎを行った。(培地はTSI培地(橙色、高層斜面培地)、LIM培地(紫色、高層培地)、シモンズクエン酸培地(緑色、斜面培地)の3種と、ブドウ糖リン酸ペプトン水)また、Klebsiella(クレブジエラ)をブドウ糖リン酸ペプトン水に接種した。
(3) 確認培養の判定を行い、Indole形式反応、MR-VP反応、オキシダーゼテスト、試し凝集反応を行った。また、オキシダーゼ反応のみ、Vibrio cholerae(コレラ菌)も用いて行った。

3. 結果

菌種
TSI
LIM
クエン酸産生
MR-VP
Oxidase
試し凝集
H2S
ガス
乳糖
運動性
リジン
Indole
黄色
MR+
白色
MR+
黒色
MR+
 クレブジエラはMR陰性、VP陽性。コレラ菌はOxidase陰性だった。

4. 考察
 今回用いた3種の菌は、以下の様な結果になるはずである。

菌種
TSI
LIM
クエン酸産生
MR-VP
Oxidase
試し凝集
H2S
ガス
乳糖
運動性
リジン
Indole
大腸菌
MR+
赤痢菌
MR+
サルモネラ
MR+

 結果欄に示した表と比較すると、黄色を大腸菌、黒色をサルモネラと考えればよく適合する。
 しかし、白色のコロニーは赤痢菌ではないようである(試し凝集も陰性であるため)。何らかの影響により、SS-SB培地でも大腸菌が発育抑制されず、これを赤痢菌のコロニーと判断して確認培養に回してしまった可能性が高い。

5. 設問
(1)各々の選択培地が選択性を有する理由は?
 SS-SB培地:SSはSalmonella-Shigellaの略で、胆汁酸塩が加えてある。この主成分であるデオキシコール酸塩はグラム陽性菌に加え、大腸菌の発育を抑制する。しかし、SalmonellaやShigellaは影響されないので、これらの選択培地となるのである。

 Drigarski培地: 発育阻止作用は弱いがコロニーの観察が容易な腸内細菌分離用非選択培地である。乳糖とBTB液を含む培地で、大腸菌など乳糖分解菌は乳糖分解による酸産生のため黄色のコロニーを作る。一方で赤痢菌やサルモネラなど、乳糖非分解菌は無色(緑色の培地のため緑色半透明)のコロニーを形成する。

(2)TSI、LIM、シモンズクエン酸培地の色の変化機序
 TSI(triple sugar iron)培地:硫黄を含んだアミノ酸(メチオニン、システインなど)やチオ硫酸ナトリウム、亜硫酸ナトリウムなどを分解し、硫化水素を産生した場合には、高層部分が黒変する。これは、培地中に含まれる鉄イオンと硫化水素が反応し、硫化鉄を生じるためである。
 この培地では乳糖の発酵能を判定することもできる。すなわち、全体が黄色くなっているものは乳糖発酵能あり、と判定する。これは、乳糖とブドウ糖を発酵できる菌は、それによりピルビン酸などの有機酸が作られ、高層だけでなく斜面もpHが低下し、フェノールレッドが赤から黄色に変色するためである。
 また、以上のような糖の発酵に伴ってガス(水素、二酸化炭素)が産生されれば、高層部に気泡や亀裂が見られる。この時、ガス産生能(+)と判定される。

 LIM培地:LはLysin、IはIndole、MはMotilityの略。リジンが含まれるため、リジンデカルボキシラーゼ産生性を判定できる。リジン脱炭酸陽性の多くのサルモネラなどは、まずブドウ糖を分解して酸を産生し、培地のpHは一時酸性に傾くが、pHが6.0以下になるとデカルボキシラーゼが活性化されてリジンを脱炭酸し、アルカリ性のアミン(カダベリン)が産生されるので、培地はアルカリ側に変化し、培地全体が紫色を呈す。
 また、この培地はやや寒天の濃度を下げてあるため、運動性の判定を行うことができる。すなわち、培地全体が濁っていれば運動性(+)と判定するのである。
 さらにこの培地は、トリプトファンが含まれているので、インドール産生性を判定することができる。詳細は後述。

 シモンズクエン酸培地:クエン酸を利用できる細菌は発育して、代謝産物により培地をアルカリ性にして青色に呈色する。利用できない細菌は、培地に他の炭素源がないため発育せず、培地の色も暗緑色のまま変化しない。

(3) Indole反応、MR-VP反応の原理
 Indole反応:細菌がトリプトファン分解酵素であるトリプトファナーゼを産生するか否かを調べる反応である。菌体培養後の培地に、σ-ジメチルベンズアルデヒドを含むKovacs試薬またはEhrlich試薬を加え、赤色のロスインドールを生成するか否かで判定を行う。赤変したものが陽性である。反応式を以下に示す。
 トリプトファン→(酵素:トリプトファナーゼ)→ピルビン酸+アンモニア+インドール
 インドール→σ-ジメチルベンズアルデヒド→ロスインドール(赤色)

 MR-VP反応:MRはmethyl redの、VPはVoges-Proskauerの略である。
 MR反応は、細菌がブドウ糖を分解し、強酸を産生するか否かを調べる反応である。被検菌をブドウ糖リン酸ペプトン水にて、37℃恒温下2〜3日間培養後、培地にMR試薬を加える。培地が菌体の産生した酸によりpH5以下となった場合、MR試薬が赤色を呈する。この場合をMR反応陽性と判定する。黄色を呈した場合はMR反応陰性である。
 VP反応は、被検菌がブドウ糖からアセチルメチルカルビノール(アセトイン)を産生するか否かを調べる。アセトインは、強アルカリ下で酸化するとジアセチルを生成する。さらに生成したジアセチルはクレアチニンと縮合反応し赤色の生成物を生じる。この反応により赤色を呈した場合、VP反応陽性と判定する。(アセトイン→ジアセチル+クレアチニン→赤色色素(クレアチニン−ジアセチル縮合化合物))試験には、MR反応と同様の培地を用い、18〜24時間培養した後、培地にVP試薬を加える。
 つまり、ブドウ糖分解時の代謝産物により、酸性となるか、アルカリ性となるか、を試験するもので、両方が同時に陽性となることはない。これにより、菌の代謝様式の違いが区別できる。

(4) Oxidase testの原理と意義
陽性である菌は、ある種のチトクローム酸化酵素を持っている。この酵素があると、電子伝達系により、濾紙上のtetramethyl-p-pheylenediamineなど、ある種の芳香族アミンを酸化し、酸化後の物質が濃い紫色を呈する。

(5) 今回分離同定した菌の病原性

下痢原性大腸菌 発症機序/病原因子 症状
腸管病原性大腸菌(EPEC) 腸管上皮に接着し傷害。毒素は産生しない。 水様性下痢
毒素原性大腸菌(ETEC) 易熱性または耐熱性毒素(LTorST、エンテロトキシン) コレラ様の水様性下痢
腸管組織侵入性大腸菌(EIEC) 腸粘膜への菌の侵入 血液、膿混じりの赤痢様下痢
腸管出血性大腸菌(EHEC) ベロ毒素 出血性下痢、急性脳症
溶血性尿毒素症候群
凝集付着性大腸菌(EAggEC)  耐熱性腸管毒(EAST) 軽症の下痢
均一付着性大腸菌(DAEC) 2種のadhesion 乳幼児の下痢症

 赤痢菌(Shigella flexneri)…細菌性赤痢の原因。便で汚染された飲料水や食物から経口感染。ハエによる媒介もあり、胃酸による殺菌に抵抗する。大腸、直腸の上皮細胞に感染し、病原遺伝子の発現により発熱、腹痛、下痢が見られる。潜伏期は1〜4日、1週間くらいで症状は軽くなる。なお、S. dysenteriae(赤痢菌のうちもっとも重症となる)でのみ、志賀毒素の産生が見られる。

 サルモネラ(Salmonella durban)…サルモネラは宿主域の広い、細胞内侵入性をもった菌である。経口感染した菌は、腸管から粘膜に侵入後、7〜14日の潜伏期の間リンパ組織、腸間膜リンパ節で増殖する。潜伏期の後期には全身倦怠感、食欲不振などの前駆症状が現れる。その後菌はリンパ管、血中に入り、マクロファージ内に入って腸管膜リンパ節、肝臓、脾臓に移動する。(生体防御システムによる菌排除から逃れる。)菌が血中にはいると、悪寒発熱を来たし、脾腫、バラ疹などが見られる。また便秘に傾き、白血球減少、体温上昇が起こる。治療しないとこれが3〜5週間続き、重症の場合には昏迷状態となる。
 発病初期にほとんどは血中に菌が証明され、2週間前後では骨髄、脾臓、胆嚢、リンパ組織(腸)、腎臓などに肉芽腫をつくり、進行すると壊死する。小腸のパイエル板が壊死することが多い。治療後菌が胆嚢内に残ると、慢性保菌者として感染源になることがある。
 また経口感染後8〜48時間で急性胃腸炎が発症することもある。症状は発熱、頭痛、腹痛、下痢、嘔吐などであり、下痢は水様で時々粘液や血液が混じる。主要な症状は1〜2日でおさまり、大半は1週間ほどで回復、死亡することはまれである。
 感染動物の肉、乳、卵など、汚染された食物が主な感染源である。

 クレブジエラ属の細菌…肺炎の原因となるKlebsiella pneumoniaeが腸炎の原因になる、との報告があるほか、Klebsiella oxytocaは水様血性の下痢原因菌であるとされている。

 コレラ菌…いわゆるコレラを起こすのは、コレラ毒素を産生するO1型コレラ菌である。これには古くから知られ、しばしば世界的大流行を起こしたアジア型、1961年以降世界的大流行を起こしているエルトール型などが知られている。
 菌は経口感染し、多くは胃酸で殺される。これを免れ、小腸に達した少数の菌はそこで急激に増殖し、1日内外の潜伏期の後、不安感、多量の水様の下痢(米のとぎ汁様便)、嘔吐を主徴とするいわゆるコレラの症状が発する。(コレラ毒素による)下痢の量は数リットルから数十リットルに及ぶため、激しい脱水症状、血漿の電解質異常(アシドーシス)を招く。皮膚は乾燥して弾力を失い、嗄声、無尿、筋肉痛、痙攣、昏睡、虚脱、心臓障害、腎臓障害などを起こして治療を施さなければしばしば死に至る。
 治療には水と電解質の補給が第一である。適切に補給が行われれば死亡確率はほとんどなく、抗生物質の併用で治療期間を短縮できる。

参考資料
戸田新細菌学 改訂32版  南山堂(2002)
インターネット

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