発表日 平成15年6月20日(金)
1. 肝炎ウイルス総論
肝臓を主たる標的臓器として感染を起こす一連のウイルスを肝炎ウイルスと総称し、これらのウイルスにより起こる肝炎をウイルス性肝炎(viral hepatitis)という。従って、全身感染の部分症状として肝炎を起こすウイルス(黄熱ウイルス、EBウイルス、サイトメガロウイルスなど20数種)は除外する。(ただし、臨床的には鑑別診断上重要である。)この「肝炎ウイルス(hepatitis
viruses)」という名称は便宜上の命名であり、ビリオンの物理化学的性状のみに基づいたウイルス学的分類とは全く異なる、臨床的な分類である。今日、肝炎ウイルスにはA〜GおよびTT
virusの8種類のウイルスが記載されている。
しかし、G型肝炎ウイルス、TTウイルスにおいては、多数の無症状ウイルス保有者の存在が明らかとなり、肝炎ウイルスとしての病原性が確立したとは言い難いところもある。また、F型肝炎ウイルスは、その存在が追試確認されておらず、研究が止まっている。つまり、これらの肝炎ウイルスはまだ候補段階で、基本はA〜E型肝炎ウイルスであると言える。
以下にA〜E型肝炎ウイルスの特徴を表として示す。
肝炎の型 |
A型
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B型
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C型
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D型
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E型
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ウイルス略称 |
HAV
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HBV
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HCV
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HDV
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HEV
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発見年 |
1973
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1964
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1989
|
1977
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1990年代
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ウイルス科 |
ピコルナウイルス
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ヘパドナウイルス
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フラビウイルス
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未定
|
未定
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ウイルス属 |
ヘパトウイルス
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オルトヘパドナ
ウイルス
|
ヘパシウイルス
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デルタウイルス
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E型肝炎様
ウイルス
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大きさ |
27nm
|
42nm
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55〜65nm
|
36nm
|
30nm
|
エンベロープ |
−
|
+
|
+
|
+(HBsAg)
|
−
|
ウイルス核酸 |
RNA一本鎖線状
(プラス鎖)
7.5kb
|
DNA二本鎖環状
(一部一本鎖)
3.2kb
|
RNA一本鎖線状
(プラス鎖)
9.5kb
|
RNA一本鎖環状
(マイナス鎖)
1.7kb
|
RNA一本鎖線状
(プラス鎖)
7.5kb
|
血清型 |
1種、HAAg
|
1種、HBsAg
|
?
|
1種、HBsAg
|
1種
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分布 |
全世界
|
全世界
|
全世界
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世界中に散在
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インド、東南アジア
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伝播様式 |
経口(便)
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非経口(血液)
母子感染
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非経口(血液)
|
非経口(血液)
|
経口(便)
|
潜伏期 |
約4週間
|
1〜6ヶ月
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平均6〜8週間
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平均7週間
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平均5〜6週間
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急性肝炎 |
+
|
+
|
+
|
+
|
+
|
慢性肝炎 |
−
|
+
|
+
|
+
|
−
|
肝硬変・肝癌 |
−
|
+
|
+
|
+
|
−
|
キャリア |
−
|
+
|
+
|
+
|
−
|
免疫グロブリンによる予防 |
+
|
+(HBIG)
|
+?
|
+(HBIG)
|
|
ワクチン予防 |
+(不活化ウイルス)
|
+(HBsAg)
|
+(HBsAg)
|
開発中
|
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備考 |
小児期の感染は90%が不顕性
|
B型肝炎を「血清肝炎」とも
|
輸血後肝炎の主体であった
|
HBVのヘルパー作用が必要
|
妊婦の感染は致命的肝炎となる
|
2. B型肝炎ウイルス
このウイルスによる肝炎はかつて血清肝炎と呼ばれ、主に輸血時の血液を介して感染する。性行為でも感染することが知られ、急性患者のうち完治するのは85%前後で、残りは慢性肝炎となる。劇症化する場合も多い。また、治癒しても長くウイルスのキャリアとなることがある。1972年以降、輸血用血液のHBV検査がなされるようになった結果、輸血による伝播数は激減した。母子感染による垂直感染は、母子感染防止対策事業により、抗HBVヒト免疫グロブリンの投与とHBワクチンの接種が1986年以降の新生児に行われるようになり、新しいキャリアも減少した。
(1) 性状
ビリオンは直径42nmの球状粒子、表層の脂質を含むエンベロープと内部のヌクレオカプシドより成る。ヌクレオカプシドには不完全な2本鎖で環状のDNA、DNAポリメラーゼ、プロテインキナーゼが含まれる。
エンベロープとコアは抗原性が異なり、hepatitis B surface antigen(HBsAg、タンパク質70%、糖質7%、脂質23%よりなる抗原で、この抗原に対する抗体が唯一の中和抗体である。)、hepatitis
B core antigen (HBcAg、核タンパク)と呼ばれる。さらに、HBcAgを界面活性剤で処理すると、HBeAgが出現する。(図1参照)HBsAgは大量に産生されてHBVの表面を覆い、過剰な分は血中に球状または桿状の粒子として存在する。(少なくともHBV粒子本体の1000倍以上)
HBVのゲノムは不完全な二本鎖の環状DNAであり、3,182塩基対の長さを持つ長鎖(マイナス鎖)と、その50〜85パーセントの長さの短鎖(プラス鎖)よりなる。従って、全体の15〜50パーセントは一本鎖である。
このゲノムは、人に感染する二本鎖DNAウイルスとしては最小であるが、効率よくタンパクをコードしている。すなわち、同一の塩基対を、読み取り枠をずらすことによって別のコドンとして読み取り、別のタンパクを作ることができるのである。遺伝子としてはsurface
(pre-S1, pre-S2, S領域よりなり、HBsAgの構成ポリペプチドをコードしている)、polymerase(DNAポリメラーゼ/逆転写酵素、RNase
Hその他をコード)、X(他の遺伝子をトランスに活性化するタンパクをコード)、およびpre-core/core(両者からHBe、後者のみからHBc抗原が作られる)の4つが知られている。(図2参照)なお、pre-S抗原はHBVが肝細胞内に侵入する際に中心的役割を果たすポリアルブミン(p-HSA)レセプターを有している。このため、pre-S抗体はHBV感染をブロックする有効な防御抗体と考えられている。
HBsAgにはいくつかの抗原決定基が存在し、その組み合わせによりいくつかの亜型(subype)に分類される。具体的には、共通抗原決定基a、subtype特異抗原決定基dとy、wとrがあり、adr、adw、ayr、aywの4組に分類される。同一感染源からの感染ではsubtypeが一致するため、感染源、感染様式などの疫学的な検索、あるいは民族学的な調査に役立つ。
(2) 感染・増殖(生活環)
HBVは培養細胞での増殖が見られないので、その増殖様式は完全に明らかになったとは言えない。
HBVの増殖過程は、RNAからDNAへの逆転写の過程を含むユニークなものである。肝細胞表面のレセプターに吸着、侵入、脱殻(これらの詳細についてはまだほとんどわかっていない)後、HBV−DNAは核内で自分自身のDNAポリメラーゼの作用により完全な二本鎖DNAとなり、スーパーコイルDNAになって核へ移動する。ついでマイナス鎖DNAを鋳型として宿主細胞のRNAポリメラーゼUの働きによりHBs抗原を作る短いmRNA(粗面小胞体上で翻訳される)と、HBc抗原およびポリメラーゼを作るゲノムよりもやや長いmRNA(pregenome、翻訳効率は低い)が合成される。ポリメラーゼは合成されると、合成元のmRNAの3'末端に結合する。(HBcタンパクが合成されると、同時にここからマイナス鎖DNA合成が開始される。)
新しく作られたコア粒子の中で、プレゲノムからウイルスポリメラーゼの逆転写活性によりマイナス鎖DNAが合成され、同じくポリメラーゼのRNase H活性によりRNA−DNAハイブリッドのRNAが消化され、最後にDNAポリメラーゼ活性により、プラス鎖DNAが合成される。このプラス鎖の完成を待たずに、コア粒子は小胞体膜から出芽し、この過程でHBs抗原を含むエンベロープを獲得する。ただし、感染初期の細胞では、合成されたDNAが再び核内へと移動し、以上の過程を繰り返すことがある。ウイルスタンパクが十分に蓄積した後に、成熟ウイルス粒子が合成され、エクソサイトーシスによるウイルス粒子の放出が起こるのである。(図3、4参照)
HBVのレセプター結合部位は、HBs抗原のpre S1であることは、肝細胞を用いたHBVの感染実験を抗pre S1抗体が阻止すること、pre S1ペプチドで免疫したチンパンジーを用いたHBV感染阻止から確認されてきた。しかし、一方のレセプターについては、未だに特定されていない。むしろ多数のタンパクをレセプターとしている可能性がある。レセプターの候補には、human
asialoglycoprotein receptor(ASGPR), glycosaminoglycans(GAG), opsonin receptor,
cell-surface-associated IL-6などがあげられている。
3. D型肝炎ウイルス
B型肝炎ウイルス感染者の肝細胞中に認められるδ抗原が、それ自体で肝炎を引き起こす感染性因子であることが判明し、D型肝炎ウイルスと呼ばれるようになった。B型肝炎ウイルスと共存するため、デルタ肝炎ウイルスまたはヘパドナ付着ウイルスとも呼ばれる。単独では増殖できず、ヘルパーウイルスとしてHBVを必要とする。エンベロープがHBV由来のHBsから成るためである。HDVには直接的な肝細胞傷害作用があるとされ、B型肝炎にこのウイルスの感染が重なると、重篤になることが知られている。
(1) 性状
HDVは直径36nmの球状粒子で、内部に全長1.7kbの一本鎖RNAをもっており、分子内で塩基対を形成し、二本鎖の桿状構造をとっている。(図5参照)C+D含量が60%と高いのも特徴である。HDV粒子の表面はHBs抗原から成り、ゲノムがコードするδ抗原(HDAg、複製に必要)は粒子の内部に存在する。HDVがHBs抗原で覆われているのは、HDVそれ自身には増殖能がなく、HBV共存下でのみ増殖しうるからであり、この意味でHBVはHDVのヘルパーウイルスとなっている。
(2) 生活環
接着、侵入、脱殻の機序についてはよくわかっていない。しかし、エンベロープがHBVと共通であるため、HBVと同様の様式をとるのではないかとされている。(これらの機序はHBVでも分かっていないことが多いが。)ただし、HBVは感染できないウッドチャックにHDVは感染できるなど、HBVとの相違も報告されている。いったん侵入すれば、HDVはHBVのない環境でも複製を行うことができる。
HDV−RNAはまず(おそらくHDAgによって)核内に移動する。HDV−RNAの転写・複製は感染細胞内の核内にて、宿主細胞のRNAポリメラーゼUによって行われる。(RNAポリメラーゼUの働きを阻害するα-amanitinにより阻害されることから。)
RNAの合成は、double-rolling-circle mechanismと呼ばれる仕組みによって行われる。(図6参照)この仕組みにおいてはまず、鋳型のgonome
RNA よりも長いantigenome RNAが合成される。合成された長いantigenome RNAは、自己触媒によってgenome1つ分の長さに切断され、同じく自己触媒によって環状に結合する。続いて、今度は新しくできたantigenome
RNA環を鋳型としてgenome RNAが同様に作成される。これも自己切断と自己結合により、環状のgenome RNAとなるのである。本来、合成はgenome1つ分の長さで十分であるが、HDVを感染させたチンパンジーやウッドチャックの肝細胞から、genomeの2〜3倍の長さをもつ複製中間体RNA(antigenome
RNAおよびgenome RNA)が見つかったことから、このように考えられるようになった。
もうひとつ、非常に少量ながら(1細胞中に60個ほど。antigenome RNAは6,000個、genome RNAは30,000個あるとされる)0.8kbのアンチゲノム(プラス鎖)RNAが認められる。これはポリA配列を持ち、HDAgをコードするmRNAであると考えられている。HDAgは翻訳されると、核内にもどる。HDAgは複製に必要(anti-terminatorとして働く?)であるとされている。
HDV−RNAの複製中、特定の部位(S-HDAgの終始コドン)で変位(U→C)が起こる。(RNA editing)すると、S-HDAgの終始コドンがトリプトファンのコドンとなり、24kDのS(short)-HDAgではなく、27kDのL(large)-HDAgが産生されるようになる。L-HDAgは、S-HDAgとは逆に、HDV−RNAの複製を抑制するとされており、HDV
genomeがウイルス粒子を形成する際にも必要とされる。なお、このRNA editingはantigenome RNAよりもgenome RNAで起こりやすいという。
いずれのHDAgも、合成後にリン酸化を受け、新たにできるウイルス粒子の中におよそ同じ割合で入る。RNA-HDAg複合体はHBsAgとの相互作用によりウイルス粒子を形成するが、詳細な機序は不明である。
ここで、なぜRNAポリメラーゼUがRNAを鋳型としてRNAを合成できるか、について述べる。これには、HDAgがRNAポリメラーゼUと複合体を形成し、その特異性を変える、という説が提唱されているが、HDAgを除いた環境でもRNAが合成された、との報告もあり、はっきりしない。HDV−RNAが二本鎖の桿状構造をとっているため、RNAポリメラーゼUがDNAと区別できないため、とも言われている。
(3) HDAg(δ抗原)
HDAgについてまとめておく。
smallとlargeの2つがあり、はじめはS-HDAgが合成されるが、RNA editingによってL-HDAgが産生されるようになる。L-HDAgはS-HDAgよりも19アミノ酸長い。それ以外の構造は基本的に同じであり、δ抗原間の結合を促進するらせん構造、核内局在信号、RNA結合領域などを持っている。
働きははっきりしないものも多いが、以下のようなものがある。
・ HDV−RNAを核内に移動させる。
・ HDV−RNAが宿主細胞によって分解されるのをこれに結合して防ぐ。
・ HDV−RNAに結合してポリアデニル化を抑制、antigenome RNAの伸長を促進する。(S-HDAg)
・ ゲノムの複製を阻害し、粒子形成を促進する。(L-HDAg)
(4) 感染・疫学
感染はHBVキャリアに重感染するか、HBVと同時に感染するかの2通りである。HDVの重感染では、HBVキャリアの30パーセントに肝炎の慢性化が見られる。また、同時感染の場合も肝炎は重症化する。(劇症肝炎)HDVの感染は、HBVと同様に血液、体液を介する。従って宿主は現在ヒトだけである。
HDV感染者は、欧米、中近東、南米、オーストラリアに多く、日本では1%程度である。
遺伝子型は3つが知られ、1型は欧米、中国に、2型は日本に、3型は南アメリカに多い。
予防には、ヘルパーウイルスであるHBVのワクチンが有効である。
補記 B型肝炎ウイルスについては関連事項が多いので、以下に調べた内容を記す。
(1) 病原性
HBVはヒトが唯一の宿主で、チンパンジーなどごく限られた霊長類には実験的に感染させうる。
通常の成人へのHBV感染は一過性であり、不顕性のことが多い。顕性の場合でも、HBVは本来宿主細胞に障害を起こさず、肝細胞障害は感染細胞表面に出たウイルス特異ペプチド(主としてHBc抗原に由来)に対する細胞傷害性T細胞(CD8陽性のものが主)を中心とする免疫学的機序によるものであると理解されている。細胞性免疫の発現そのものが臨床的に急性肝炎としてとらえられるものであり、免疫応答が十分であればHBVは完全に排除される。一方、細胞性免疫が不十分であれば、HBVは完全に排除されず、持続感染になり、一部が慢性肝炎、肝硬変へと移行する。キャリアは免疫の未熟な新生児、乳幼児期あるいは免疫不全状況下での感染で成立すると考えられている。これは、免疫能が弱いためにHBVに対する免疫寛容状態になるためであると考えられる。幼児のキャリアでは、成人に達する前後から免疫寛容状態が解消されるためか、HBVに対する細胞性免疫による肝細胞障害が起こり、しばしば急性B型肝炎との鑑別を要する急性発症と呼ばれる状態を呈する。一方、このような急性発症を経過せずに慢性肝炎の状態になる場合もある。
(2) 感染の疫学
HBVの主要感染経路は、輸血、性行為を介する感染および母子感染である。輸血用血液は厳しくスクリーニングされるため、これによる感染は激減している。また、抗HBsグロブリンの投与と、HBVワクチンの併用により、HBe抗原陽性の母親から子へのHBV感染も有効に阻止されてきている。
HBVは世界中に広く分布するが、キャリアの頻度は地域によって異なり、人口の0.1〜20パーセントに及ぶ。アジア、アフリカに多く、北欧、北米で少ないといい、総数は3億人とされている。キャリアの分布とヒトの肝細胞癌発生率の分布はきわめてよく一致する。このことから、HBVと肝癌との関係が疑われている。近年、HBVが発癌ウイルスと共通した領域を持つこと、Xタンパクが細胞の遺伝子を活性化したり、p53の活性を抑制したりする可能性などが判明し、その疑いは強まっている。
(3) 予防・診断・治療
血液、体液感染するウイルスであるから、採血などに使用される器具、針、チューブなどの使い捨て、器具、衣類の消毒が重要である。また、ワクチンによる能動免疫とHBs抗体価の高い免疫グロブリン(HB免疫グロブリン、HBIG、有効期限は3ヶ月)による受動免疫が用いられる。
ワクチンにはHBVキャリアの血漿から、HBs抗原小型球状粒子を精製して作られた第一世代が用いられたが、材料供給が困難なこと、他のウイルスが混入している可能性があることなどから使用されなくなった。これにかわり、現在では、遺伝子工学による組み替え型ワクチンが用いられている。これは、HBVのS遺伝子を酵素に組み込み産生させた小型球状粒子を精製したものである。
診断にはHBV粒子の持つ抗原抗体系を免疫学的に測定する方法と、HBVの生物学的活性を直接検出する方法がある。抗原抗体系とはHBsAgとanti-HBs、HBcAg(これのみは血中に出現しない)とanti-HBc、HBeAgとanti-HBeのことで、これらをゲル内沈降反応、凝集反応、補体結合反応、酵素抗体法、ラジオイムノアッセイ法などを用いて検出することで、HBVに現在感染しているか、持続感染か、急性の反応か、などが判断できる。
治療には、逆転写酵素阻害剤およびインターフェロン(IFN-β)が用いられる。
参考文献
戸田新細菌学 改訂32版 南山堂(2002)
医科ウイルス学 第2版 南江堂(2000)
PRINCIPLES OF VIROLOGY ASM PRESS (2000)
ENCYCLOPEDIA OF VIROLOGY ASM PRESS (1994)
Virus Taxonomy ACADEMIC PRESS (2000)
Viral Hepatitis Churchill Livingstone (1993)
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