ウイルス学実習レポート 第1回
(赤血球凝集反応および赤血球凝集阻止試験)

実施日 平成15年4月22日(火)

1. 目的
 インフルエンザウイルスにはA型、B型、C型があり、このうちA型とB型はヒトに感染し、諸症状を引き起こす。A型、B型それぞれのインフルエンザウイルスによる赤血球凝集(hemagglutination :HA)反応および赤血球凝集阻止(hemagglutination inhibition :HI)試験を行い、その原理を理解する。

2. 結果
 赤血球凝集反応(HA test)

  1(A型) 2(B型) 抗原の希釈(倍)
2
4
8
16
32
64
128
対照

※ 管底全体が赤く、中央に赤い点が見られなかったものが陽性(+)、管底の中央に赤血球が密集し、赤い点として見られたものが陰性(−)。
※ 対照は抗原を含まない。

判定 A型 64HA価/50μl
    B型 32HA価/50μl

 赤血球凝集阻止反応(HI test)

  3(A型) 4(B型) 血清の希釈(倍)
20
40
80
160
320
640
1280
対照

※ 管底全体が赤く、中央に赤い点が見られなかったものが陰性(−)、管底の中央に赤血球が密集し、赤い点として見られたものが陽性(+)。
※ 対照は血清を含まない。

判定 A型のHI抗体価 1:320
    B型のHI抗体価 1:160

 赤血球凝集反応の確認

  5(A型) 6(B型)

※ 管底全体が赤く、中央に赤い点が見られなかったものが陽性(+)、管底の中央に赤血球が密集し、赤い点として見られたものが陰性(−)。
※ Hは対照で抗原を含まない。

判定 A型については希釈が正しく行われたが、B型は希釈がやや不十分である。

3. 考察
(1) 赤血球凝集(hemagglutination :HA)反応について
 ウイルスの粒子が赤血球を凝集させる現象は、1941年、インフルエンザウイルスで初めて報告された。インフルエンザウイルスの場合におけるシアル酸など、赤血球上の特定の分子に結合、赤血球凝集を起こすウイルス遺伝子産物は、血球凝集素(hemagglutinin:HAnin)と呼ばれる。インフルエンザウイルス、麻疹ウイルスなどでは、エンベロープ糖タンパクの一つがHAnin活性を担っている。
 インフルエンザウイルスの場合、HA活性を残したまま感染性を失わせることが可能で、実習では感染の危険なくHA、HIを行える。
ウイルス抗原の原液を薄めていくと、HAninの活性も次第に弱まる。明確なHA像を与える抗原の最終希釈倍数をHA価(hemagglutination unit:赤血球凝集素抗原価)という。今回の実験の場合、A型では64HA価/50μl、B型では32HA価/50μlとの値が得られた。

(2) 赤血球凝集阻止(hemagglutination inhibition :HI)試験について
 HAタンパク(HAnin)は、A型やB型のウイルスの病原性に深く関わっているだけでなく、感染後に成立する免疫は主にこのタンパクに対する中和抗体によってもたらされる。そして、HAninを抗原として認識する抗体が、HAninと結合すると、HAが抑制されることを利用して、HAninに対する抗体(HI抗体)の有無の判定あるいは抗体価を判定することをHI試験という。
※ 一般に血清中にはHI抗体以外にもHAあるいはHIに影響を与える物質が含まれている。HI試験を正しく行う(HAninに対する特異的抗体を検出・抗体価を定量する)ためには、被検血清に前処理を行ってこれらの物質を除去しなければならない。検査するウイルス、用いる動物血球の種類によって具体的な処理は異なるが、以下に示す2つを行うのが原則である。
・ HI抗体以外の赤血球凝集抑制(HI)活性の除去
(今回の実習では耐熱性のα-inhibitorを除去するためにRDEで処理し、易熱性のβ-inhibitorを除去するために56℃で30分反応させる。)
・ 血清中に含まれる赤血球凝集(HA)活性の除去
(今回の実習では血清をニワトリ赤血球と混和し、静置した後遠心して赤血球を除く。)
 今回の実習では、前頁に示した通り、与えられた血清はA型、B型両方のインフルエンザウイルスに対する抗体を持ち、A型のHI抗体価は1:320、B型のHI抗体価は1:160であるという結果が得られた。

(3) ペア血清(paired serum)について(講義の復習)
 ウイルスに感染すると、患者の血清中には抗体が上昇するが、発病時より、回復時に増加が起こることが多い。従って、特定のウイルス感染が疑われる患者の感染期(急性期)の血清と、その後数週間たった時期(回復期)の血清を採取し(ペア血清)、その特定のウイルス抗原と反応させ、回復期の血清中の抗体が感染期の抗体と比べて有意に(4倍以上)上昇していれば、そのウイルスに感染していたと診断できる。
 急性期と回復期の2種類の血清を採取するのは、正常な(ウイルスに感染していない)ヒトの血清中にも、ヘルペスウイルスなど、様々なウイルスに対する抗体が見られるので、感染によって増加したかどうかを判断するのに比較対照が必要なためである。このペア血清を用いた診断は、血清を採取した患者に対する治療の役には立たないが、疾患の確定診断を下す場合や、疫学的な研究には重要である。


4. 設問
(1) インフルエンザウイルス赤血球凝集素のa)ウイルス感染細胞での合成過程、b)ウイルス粒子における赤血球凝集素の役割 について説明しなさい。
a)  A、B型インフルエンザウイルスは8つに分節した一本鎖マイナスRNAゲノムを持つ、オルトミクソウイルス科の直径80〜120nmの球状粒子である。
このウイルスは、第7、8セグメントがそれぞれスプライシングによって2種類ずつのタンパクを作ることから、計10種類のタンパクを作るが、そのうちの3つ(PB1、PB2、PA)はゲノムからmRNAを合成するためのRNAポリメラーゼである。
インフルエンザウイルスは、他の多くのRNAウイルスとは異なり、感染細胞の核へ移行してからmRNAを合成する。これは、mRNA合成時に宿主細胞のmRNAに由来するキャップ構造と、それに続く一部塩基配列(leader sequence)が、プライマーとして活用されるためである。RNAポリメラーゼのうち、PB2がこのキャップ構造の認識と切断を行い、PB1が転写開始、PAが転写伸長に働く。
感染初期には、RNAポリメラーゼ(前述の3種)、NP、NSの合成が先行し、ゲノムRNAの複製とヌクレオカプシド形成が進む。感染後期になってHA、M、NAの合成促進と細胞膜への輸送により、エンベロープ構造ができると、8種類のヌクレオカプシド1組がエンベロープをかぶりながら出芽する。出芽直後のウイルス粒子はNAが周辺のシアル酸基を切断することにより、効率よく細胞表層から遊離していく。
※ このNAの働きを阻害すれば、合成されたウイルス粒子はいつまでも感染細胞表層から遊離できず、増殖できない。このことを利用した抗インフルエンザウイルス薬がザナミビル、オセルタミビルであり、オセルタミビルの商品名がタミフルである。

b)  インフルエンザウイルスが細胞に感染するには、HAタンパク質が宿主細胞由来のトリプシン様のタンパク質分解酵素によってHA1とHA2に開裂することが必要である。まず、HA1で細胞表面にあるシアル酸レセプターに吸着すると、エンドサイトーシスで細胞内に取り込まれ、エンドソーム内で、酸性条件下において立体構造を変え、HA2がウイルスエンベロープ脂質二重膜と、エンドソーム脂質二重膜との融合が起こり、ヌクレオカプシドが細胞内に放出される。(酸性条件下で立体構造が変わるためには、開裂が起こっていることが必要で、HAの開裂が起こっていない場合には膜融合が起こらず、感染はここで止まる。)
   続いて、ヌクレオカプシドに付着しているRNAポリメラーゼ(前述)がウイルスゲノムRNAを転写して、プラス鎖mRNAを合成する。

(2) ウイルスに対する抗体の検出法には、HI以外にどのような方法があるか。

酵素免疫測定法(EIA)enzyme immunoassay
既知抗原を固相化して、これに被検血清を反応させ、捕捉された特異抗体を検出する。

蛍光抗体法fluorescent antibody
technique ウイルス抗原が存在する細胞に抗体を反応させ、その抗体に対する二次抗体に蛍光色素をラベルしたものを反応させることにより、ウイルス抗原に対する抗体価を測定する。

免疫ブロット法immunoblotting
界面活性剤で壊したウイルス粒子の構成ペプチドを電気泳動などで分画し、酸素免疫測定法と同様の原理で、分画されたペプチドと結合した特異抗体の存在を発色あるいは蛍光シグナルで検出する。

受身凝集法passive agglutination
ウイルス抗原を赤血球などに固着させ、抗体と反応させると架橋されて、これら担体の凝集像が肉眼的に観察できる。

補体結合反応complement fixation test
一定量の補体をめぐる2つの異なる抗原抗体反応の競合反応。(1つがヒツジの赤血球と溶血素との、もう1つがウイルス抗原とその特異抗体との)ウイルスの生物活性に依存せず、抗原を変えるだけで各種の病原体に対する抗体測定が可。

中和試験neutralization test
異なる希釈度の患者血清と一定量のウイルスを混和し、ウイルスに感受性を持つ培養系にその混和液を接種する。十分な培養期間を経過してから、感染病変の有無を判定する。検査室での取り扱いが便利である。
沈降反応 可溶性の抗原が抗体と結合してできた格子状の結合物をゲル内で沈降させて観察する方法。抗原性の異同や交差性を肉眼的、簡単に観察できる。

参考文献
戸田新細菌学 改訂32版  南山堂(2002)

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